第二話: Le plus important est invisible−2
第一小隊と第三小隊は、地下鉄4号線の掃討を終えてエスカレーターを上がり東駅の地上フロアに出てきた。
赤葦はそれを出迎えて、特に怪我もない様子を見て息をつく。先ほどまで一緒にいた侑はすでに第八小隊のところに戻っており、敵兵の遺体が散らばる吹き抜けのホールには赤葦しかいなかった。そこに一気に音が増えただけでなく、騒がしい木兎や日向たちが合流したために、静寂はもはやなくなった。
「ヘイヘイヘーイ!来たぜ赤葦!!」
「お疲れ様です。怪我はないですね」
「ねぇよ!元気〜!!」
相変わらずの木兎は別として、赤葦は後ろの二次入隊組を見遣る。自分の小隊である第三小隊の尾長は息を切らしているが、それでもかなり整ってきている。第一小隊には三人の民間人上がりがいるが、日向はまったく疲れた気配はなく、月島と山口も疲れ果ててはいるがまだ動けそうだった。また、元普通科の影山も日向と張り合っているわりに疲れた気配はない。さすがの体力お化け二人組である。
その影山は、あたりを見渡して赤葦に尋ねる。
「伊吹さんはもう移動したんスか?」
「うん、先にモンマルトルの麓で烏養さんたちと合流するみたい」
「そッスか…」
あからさまに残念そうにした影山に、小隊長である澤村が苦笑する。日向といい影山といい、伊吹を慕って入ってきたメンバーは伊吹のことが好きすぎるのだ。正直、それも無理はないと赤葦も思っている。
「ほんっとお前ら伊吹のこと好きだな!」
田中はあっけらかんと笑っているが、当の影山は「はい、好きです」と平然と言った。さすがにそれには田中も顔が引き攣る。アホの子である影山は、アホゆえにその感情が読めずに周りをざわつかせるのだ。
「あのさ、なんでお前らそんな朝倉さんのこと好きなんだ?」
そこへ、尾長が首をかしげて尋ねた。あまり他の小隊と一緒に訓練することがない第三小隊であるため、尾長は同期との関わりが薄い。伊吹に関する様々な背景に詳しくなかった。
赤葦はちらりと澤村を見ると、澤村は頷いた。話したそうにし始めた木兎を見て、澤村が代わりに口を開いた。
「じゃ、いったん休憩にしよう。俺は西谷を迎えに行く」
「お、分かってんな澤村!よーし尾長、伊吹の可愛いところを俺が話してやろう!」
「いいっスね」
影山もノリノリで、尾長は途端に「ミスった」という表情をした。赤葦に助けを求める視線を寄越してきたため、赤葦はその場に割って入る。
「落ち着いてください。まずは俺からです」
「ええ…」
尾長の絶望した顔を見て、からかう気まんまんだった赤葦は満足する。案の定木兎が「俺が先!」と言ってきたので任せた。別に話したいわけではない。
影山や日向も、木兎から話を聞くのは初めてだったため興味津々だった。意外にも月島と山口も意識を向けている。一同はエスカレーターの前から移動して、血だまりのない綺麗な床に座る。澤村は田中とともにTGVにいる西谷を迎えに行き、菅原と東峰、縁下、木下、成田は乗客を表に止まった輸送車に誘導するためにその場を離れた。
「伊吹の可愛いところはな!普段は不良なのに、子供の前とか授業中にはめっちゃ優しくて、わかりやすい言葉で話すところ!」
「え、授業中?ですか?」
木兎は早速伊吹の可愛いところを挙げたが、意外なものに赤葦も驚いた。影山は「授業中」という言葉が伊吹と結びつかず、目を瞬かせていた。
「そう!キルクークの学校で授業してるとこ見学したことあってさ、そんときの伊吹がやっぱ一番好きだなって」
「あぁ…そういや、伊吹さんてNGOだったんスよね。教師だったんスか」
「すげー!伊吹さん先生だったんスね!!」
影山と日向はテンションを上げている。木兎にはそのあたりの説明はできないため、赤葦が説明に入った。
「正確には、伊吹は多文化共生社会を構築するための仕事をしてたんだ。その一環として教育プログラムにも参加してたみたいだよ。だから、教師ってわけじゃない」
「「「……?」」」
しかし木兎も影山も日向も理解できていなかった。赤葦はため息をつきたくなるのを堪えながら、「専門家として特別授業してただけってこと」と加えればようやく理解していた。
「そんで、伊吹の授業見学してたらさ、伊吹が言ってたんだ。『人は人を愛してきた、だからこそ、人は人であったんだ』って。英語だったけどな」
これでPKOにいただけあり、木兎はある程度英語ができる。キルクークでの授業において伊吹が言ったという言葉は、きっと人類として普遍的な価値を伝えるためのものだったのだろう。
「それ聞いて、あー、こいつ優しいんだなって。優しさって色々あるだろ?赤葦とさるの優しさって違うし、澤村と菅原のも違う。伊吹の優しさは、なんつか、胸がぎゅーってなるっていうか、切なくなるっていうか、そんな感じなんだよな」
「木兎ってたまにそういうこと言うよね〜」
「どういうこと!?」
猿杙の言葉に頷く木葉。木兎は憮然とするが、赤葦もそう思った。