第二話: Le plus important est invisible−5


「…でな、その人が伊吹に、夫はどうなったか聞いてん。どう答えんのかなて思っとったら、伊吹な、どんな結果でも生きなあかんて。泣いても怒っても、笑えへんくてもええから、どうか、生きて、て。この先、その女の人が生きてけるかまで責任負われへんけど、パリも、パリにいる人も絶対守るからこの先のことだけ考えとれって。ほんま、伊吹て誠実なんよな」

「相変わらず男前やな」


感心したように銀島が言った。銀島も二次入隊組であるが、第八小隊は比較的伊吹と練習させてもらう機会が多かったため気安い関係だった。普段から男前な銀島に言わせるとはさすがの伊吹である。

それを聞いて白馬は、ぐっと拳を握りしめて前に視線を戻した。


「…北九州の攻撃が終わったあと、体育館とか、道路とか、広場とか、あらゆる場所に並んだ遺体を見て、そこで泣いてる人たちを見て、先進国なのに生きることがこんなに難しいんだって、初めて知った。それが戦争なんだって、軍属だったのに知らなかった。伊吹は兵士である俺よりも、イラクやシリアでたくさんのものを見てきたんだな」


白馬が言うとおり、NGOとしてもともと戦後の国々を見てきた伊吹は、軍人だった侑たちよりも、よっぽど戦争というものを知っている。その残酷さを身をもって知ることは、きっと日本にいてはできなかった。不幸にも、日本でもそれを知ってしまったが。

すると昼神は、急に笑顔を引っ込めた。柔らかな表情から一転、堅くなったのを見て、侑は何かと思わずその端正な顔を見てしまう。


「芽生君の言うとおりさ、伊吹は平和のために、平和じゃないってどういうことか知ってた。だからこそ、伊吹の平和を願う気持ちは半端なものじゃなかったはずなのに、今こうして戦場にいる。それも無理矢理ね。魔法使いにさせられた伊吹を、日本は強引に兵士にして、コントロールできるようにしてるわけ」


だんだんと声も固くなっていき、何事かと諏訪たちも昼神の方を見た。よく一緒にいる彼らですら困惑しているようだ。


「それでも、その立場でできることを必死にやってさ。でも、あんなに努力してるのに、たくさんの人をこうして助けてるのに、伊吹は自分のことを怪物だって責めてる。そういうところ見てたら、やっぱり守りたいって思うし、好きだなって思う。伊吹を苦しめるものを減らしたいって。侑君もそうでしょ?」


そう言ってこちらを振り返ったときには、昼神はもういつも通りの柔らかい表情に戻っていた。しかし、その瞳から感情を伺うことができなかった。
それなのに、侑は頷いてしまった。なぜなら昼神の言葉はまったく侑も同意だったからだ。

伊吹の心も人権も無視して、平和のために努力してきたその手を血に染めさせている。それを強制されているのに、それでも伊吹はその立場でできることをしようと努力している。そんな姿に、惹かれたのだ。
銀島や角名、治は少し引いたようにこちらを見ているし、諏訪や野沢も昼神に引いているようだったが、白馬はそうでもなさそうだ。星海は呆れている様子だが何も言わなかった。

別に理解される必要はない。侑も昼神も、伊吹の心が無事ならそれでいいのだ。

この先にそびえるであろうモンマルトルでの戦いを終えればパリは解放される。パリの戦いが終わってもいろんな戦いがあるだろうが、侑にとっても昼神にとっても、状況はもっと簡潔だ。

伊吹の敵が敵。それが日本の敵であるから、侑はこうして戦っているといってもいい。なぜここまで伊吹に執着してしまっているのかは分からないが、そんなことはどうでも良かった。伊吹が笑えるなら、それで良かったのだ。


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