第三話: Montmartre Grim Reaper−4
モンマルトルにいた敵兵は、第1魔法科大隊によってあっという間に掃討を終えられた。一連のパリ市内での戦闘で魔法の実戦使用に全員が慣れたからだろう。サクレ=クール寺院に閉じ込められていた人々も解放の目処がつき、制圧した東駅から輸送車が向かっていた。寺院内部では人々が歓声を上げている。
展望台の階段に座って煙の上がるパリの街並みを眺めていると、隣に牛島が座った。珍しく伊吹に誰も絡んでこなかったのは、それぞれが遺体の回収に追われているからだ。それが終わらないと寺院から市民を外に出せない。
「大丈夫そうだな」
「…まぁ、今は。帰国してからっすかね」
正直なことを言えば、きっと、帰国してから伊吹はまた敵兵を殺した感覚に苛まれることになる。そういうときは、牛島や及川が一緒に寝てくれることさえあった。
「それでいいと俺は思う」
そして牛島は変わらず、絶対的な肯定を返してくれた。こくり、と頷き、吹き付ける春の風を感じていると、突然無線が入った。
『こちら烏養、連合軍より通達。ランス郊外からロシアの魔法科が接近中、1個大隊。十中八九、モンマルトルを落とすつもりだろう。総員迎撃態勢』
その一言で一気に空気が変わった。伊吹と牛島は立ち上がり、速やかに各隊が小隊長のもとへ集合する。直井と溝口は寺院内部での民間人への説明をはじめ、烏養は連合軍に輸送車を退避させるよう伝えている。
パリ東方に位置するランスの郊外には、ロシア軍が占領した村があった。そこから大隊規模で魔法科部隊が接近しているとのことだ。
『追加連絡、敵部隊を率いるのはセルゲイ・ジガンシン、ロシアの有力政治家の息子らしい』
「こちら朝倉、生け捕りにでもします?」
『できるか』
「もとから俺にそうさせようとしてたくせに…パリまで来て市街地解放だけってのもパッとしねっすから、引き受けます」
『よし、それでは朝倉特殊即応官は敵大隊長の捕獲、”Wing”は丘の上で、”Earth”は麓で迎撃しろ』
わざわざ追加で言ってきたのだ、連合軍から依頼があったのだろう。伊吹は自ら捕獲を名乗り出た。牛島はさっさと第二小隊のところへ向かっていった。こういうけじめをつけてくれるのも、伊吹にとってはありがたかった。
『こちら弧爪、東から敵影接近を確認』
無線からはけだるげな弧爪の声が聞こえてきて、展望台から東の空を見上げれば、低空を飛行する黒い輸送機が見えた。ロシア軍の孤立空間魔法装甲機だろう。そこからパラシュートで大隊規模が落ちてくる。距離はおよそ800メートル、まっすぐモンマルトルおよび東側の市街地に落下してきていた。
『こちら夜久、朝倉、お前は俺が守ってやるから好きに暴れてこい』
「朝倉了解」
相変わらず男前すぎる夜久に、今頃無線の向こうで他の連中も痺れていることだろう。夜久が格好いいのはいつものことなので、もはや特に何を返すでもなかったし、夜久はそもそもただそう思って言っているだけなのでリアクションは不要だった。
伊吹は展望台を飛び出すと、こちらに落ちてくる大隊に向かって風気魔法で飛んだ。
途端に、落下する敵部隊は伊吹、そしてモンマルトルに向かって様々な攻撃を開始した。
衝撃波や爆破、レーザー光線、炎など様々だが、同様に眼下の丘と市街地からも第1魔法科大隊の攻撃が空に放たれていた。魔法どうしがぶつかる轟音や、市街地の建物が破壊される爆発音が空に轟く。
その中を伊吹は飛び続けるが、敵の攻撃はすべて夜久の正確な孤立空間魔法によって弾かれる。
伊吹のことを敵も孤立空間魔法で囲って箱に閉じ込めてくると、辺りは一瞬で真っ暗になる。伊吹は目を閉じて、黒い壁に手を触れ、そして可視化魔法で魔力の流れをたどって術者へと自身の魔力を大量に流し込んだ。
それによって術者はオーバーヒートを起こし気絶、孤立空間魔法も掻き消えた。内部に閉じ込められた場合に打つことができる唯一の手段だ。伊吹や牛島のように魔力量が多くないとできない。
暗闇が一瞬で明るい空になる瞬間に目を開いて敵を視界に収める。それとほぼ同時に、主観透視によってセルゲイを見つけた伊吹はそちらへと飛び込んだ。
慌てて敵も攻撃してくるが、夜久の魔法に阻まれ、伊吹の爆轟魔法で煙が起きることで視界もふさがれる。空中で落下中であることもあって動きも鈍かった。
すぐに目の前に迫ったセルゲイという大柄な男は、少佐の階級を示す階級章が太陽光を反射しており、伊吹に爆轟魔法を放とうとしているようだ。
伊吹はまず、光電子魔法で直径2メートルほどの太いレーザー光線を包むように放つ。セルゲイはシールドによって光電子魔法に当たってはいないだろうが、まばゆい光に目をつぶったはず。
そのレーザー光線を止めると、その次の瞬間には、伊吹はセルゲイの目の前に、瞳の色が分かるほど至近距離で近づいていた。完全に懐に入っただろう。落下している最中では急に位置も変えられない。
目を開けた瞬間に見開いたセルゲイの首元に手を当てた伊吹は、そこに電気を流した。バチッという音とともにセルゲイは意識を失い体から力が抜ける。
伊吹はセルゲイの体にくっついてパラシュートを操作しモンマルトルに向かう。後ろから取り返そうとする兵士たちの魔法が大量に迫るが、すべて夜久が打ち消した。伊吹には孤立空間魔法によって閉じ込める方法も効かない。
伊吹は空中の敵兵たちに中指を立てて一言叫んでやった。
「
Сука Блядь!!」