第三話: Montmartre Grim Reaper−6
伊吹は石の柵を乗り越えて、軽く風気魔法で飛んで正面広場に着地する。後ろで烏養が動揺しているのが分かる。これ以上この街を傷つけないためには、今すぐ、敵魔法科大隊を殲滅しなければならない。
「朝倉より各隊へ。これよりパリ市長の依頼のもと、敵魔法科大隊の一斉射殺を行う。術式展開は現時点より3分後とする」
『こちら及川、伊吹、勝算は?』
無線を返してきた及川は息を切らしており、やはり各隊が苦戦しているのだと分かる。そのうえで、全員をまとめて倒すという伊吹の言葉に、それをどうやって実施するのか気になったのだろう。もちろん心配してくれているのもあるし、ある程度はきちんと説明しろ、という指示のようなものでもある。
「こちら朝倉。光電子魔法を展開し、敵兵一人一人をシールドごとレーザー光線の中に閉じ込めます。その直前、各隊による爆轟魔法ですべての敵兵周囲の二酸化炭素濃度を上げてもらいます。光線の中で孤立空間魔法が展開され続けることで閉じ込められ、酸欠で失神するという方法です」
『…了解。任せたよ』
及川はいろいろと言いたいことはあっただろうが、伊吹にそれを聞くのは野暮だと判断したようだ。これもマルローの言葉を借りれば、「沈黙に感謝する」といったところか。
『こちら烏養、聞いた通りだ。各隊、伊吹の合図で敵兵周辺で爆轟魔法を展開し二酸化炭素濃度を上昇させろ』
伊吹が振り返ると、烏養は寺院の玄関テラスの下で、市長と二人、柵に手をついてこちらを見ている。ひとつ頷いた烏養に頷き返し、伊吹はアスファルトに膝をつく。
そして目を閉じて、可視化魔法によって透視を開始した。
まずはすべての敵兵の位置を正確に把握する。生きている者は53人。壊滅状態のモンマルトル周辺市街地に散会したすべての敵兵が第1魔法科大隊と交戦中だ。取りこぼしはいない。
「自動展開光線貫通術式、展開」
小声でつぶやくと、世界で伊吹しか使えない魔法の一つである複雑な魔法の展開が始まった。直列独立外発可視化光電子魔法で、函館で使った電磁パルス術式の簡易版でもある。
函館では牛島に隣に立ってもらった。今は誰もいない。しかし、もうそれだけで動けなくなるということはない。
地面に膝立ちとなった伊吹の周囲から、数本の光のロープのようなものが現れ、幾何学模様を描きながら空中に伸びていく。伊吹から30メートルの高さまで曲線を描いて伸びた光のロープは、その地点を座標とする4つの独立外発光電子魔法とそれぞれ直列する。その座標から、それぞれ2本ずつ計8本の光のロープがさらに伸び始めた。
避けようとする敵を確実に光の中に閉じ込めるべく、座標を固定した独立外発魔法を連結していき、どこに移動しても必ず仕留められるよう指向性を維持する。
光はモンマルトル頂上から東西方向に広がるように幾何学模様を描いて空中に展開されているが、この幾何学模様は光のロープを長くすることで攻撃継続時間を長くするためのものである。
高さ50メートル地点でさらに直列して、計16本に増えた光のロープは、まるでモンマルトルに翼が生えたかのように見えていることだろう。そうして段階的に直列して本数を増やしながら、最終的に53本まで増え、最後の独立光電子の魔法式で成長を止めた。
光のロープは電気を帯びていることから、光の粒子が輝いて鱗粉のように空を漂い、その粒子が魔力の流れに乗っているため魔法式が目に見えるようになっている。白亜の寺院を背景に、高さ100メートル近い翼のような幾何学模様の結節点に正16角形の魔法式が浮かぶ様子は、まるでフィクションの魔法のようだった。
「こちら朝倉、終末展開10秒前、爆轟魔法展開開始」
無線に呼びかけた瞬間、周囲の市街地から一斉に爆発音が響き始めた。目を閉じて俯瞰透視を続けると、すべての敵兵が指示通り爆轟魔法による煙の中にいた。
連続する爆発によって、敵兵周辺の酸素は急速に消費されただろう。
「撃ち方やめ、自動展開光線貫通術式終末展開」
そしてついに、伊吹の魔法が終末展開を開始した。文字通りの光の速さで、光のロープが止まっていた先端の魔法式から解き放たれ地上へ向かっていく。各魔法式が各兵士に座標をロックしているため、レーザー光線はまっすぐに兵士へと撃ち出されていた。
光線は次第に膨らんで直径を厚くすると、兵士に当たる頃には兵士をシールドごと閉じ込める直径1メートルほどの太さになる。一気に30人ほどが光線に包まれ、直前の爆轟魔法の煙とともにシールドに閉じ込められた。もともと酸素量が少ない空間ごと光と孤立空間魔法に閉じ込められた兵士たちは今頃苦しさの中にいるだろう。
避けて見せた残りの20人も、伊吹が可視化魔法で座標を素早く特定して新たに独立外発光電子魔法を展開して直列させ方向を変え、すぐに捉えた。
その後数分間に渡って伊吹の周囲から麓の兵士たちに光線が放たれ続けると、次第に透視の中で兵士を隠す孤立空間魔法のシールドが消え始めた。なお、孤立空間魔法の向こうは可視化魔法をもってしても見えない。
シールドが消えたことで兵士が確認できるようになっていき、シールドの消失とともに兵士が焼け爛れて倒れていく。そして終末展開から5分ほどで、すべての敵兵がシールドを失い光線に焼かれた。
すべての魔法を解くと、モンマルトルを檻に閉じ込めるかのように伸びていた巨大な光のロープたちは消えて、輝く粒子だけが空中に漂った。サクレ=クール寺院や廃墟と化しても美しい街並みに光が漂う光景は綺麗なものだが、地面には焼け爛れた敵兵の遺体が転がっている。
その周りに、第1魔法科大隊が呆然と立っていた。
伊吹は目を開き、自身の目でパリの街並みに漂う光の粒子たちを見た。黒煙と光の粒子の向こうに広がるパリ市街地を含め、もはやこの街に敵はいない。捕虜としたセルゲイ少佐のみだ。
「It seemed that you were praying for enemies.(まるで敵への祈りを捧げているかのようだった)」
そう声をかけてきたのは、玄関からここまで下りてきたパリ市長で、膝をついて集中していた様子を見てそう言っているのだろう。
伊吹は立ち上がり、そして自嘲気味に笑う。
「Just I did kill them as if I had been Grim Reaper.(ただ、死神のように殺しただけです)」
「But you did save us. Paris owes its life to you.(だが君は私たちを救ってくれた。パリはその命を君に救われたのだ)」
しかしパリ市長はそう言って笑った。それに呼応するように、サクレ=クール寺院から重く低い鐘が鳴らされる。鐘の音に応じて、市内から次々に教会や大聖堂の鐘が鳴らされ始める。再建中のノートルダムの鐘楼が、民間人を救出したサントシャペルが、そして市内に点在する無数の教会の尖塔が、パリ解放を告げる勝利の鐘を打ち鳴らす。
それを聞いたのか、寺院から民間人が出てきた。さらに、市内のあちこちから勝利を祝う歓声がうっすらと聞こえてくる。連合軍や市警だけでない、逃げずにこの街と運命を共にしようとしていた市民の一部も声を上げていた。
第1魔法科大隊の戦闘開始から3時間、敵軍は捕虜1名を残し全滅した。
今ここに、パリは解放されたのだ。