第四話: Völkerschlacht−2


輸送機は飛行を続け、ザクセン州に入った。すぐに、正面に東ドイツ地域でベルリンに次いで二番目に大きな都市・ライプツィヒが見えてきた。
民間オーケストラ発祥の地であるこの街は、往時にはウィーン・パリに並ぶ音楽の都として知られ、バッハがマタイ受難曲などの初演をしたほか、メンデルスゾーンやブラームス、ワーグナーなど名だたる音楽家が活躍した。また、ドイツ最古の大学の一つであるライプツィヒ大学は、ヴントやメビウスなどの学者を輩出した名門中の名門であり、森鴎外も留学していたことで知られる。


「まさか、またここでこんなことになるとはな…」


思わず伊吹が呟くと、隣の昼神は首をかしげる。もともと軍人だった昼神には分からないだろうし、民間人でもきちんと勉強していなければ分からないことだ。


「1813年、ナポレオンがフランスを牛耳っていたとき、その覇権を失うことになる戦争が起きた場所なんだ。ライプツィヒの戦いと言って、この街で、フランス軍とその傀儡国家の連合軍が、オーストリア帝国やロシア帝国、スウェーデン、プロイセンの連合軍と衝突した。ドイツ語でフェルカーシュラハト、諸国民の戦いとも呼ぶ」


フランス第一帝政による欧州侵略戦争は、ポルトガルからロシアまでのすべての欧州国家を巻き込んで、第一次世界大戦前の欧州の歴史で最も大きな戦争となった。一連の戦いをナポレオン戦争と呼ぶが、その中で最大かつ決定的だったのがこのライプツィヒの戦い、通称諸国民の戦いである。

ナポレオン戦争は様々な影響をもたらした、世界史上でも最も重要な戦争の一つだが、その中でも重要だったのが徴兵制と国民国家の形成である。
ナポレオンはすべての欧州国家を敵に回すため、フランス国民を徴兵し、当時では考えられなかった数百万人単位の軍隊を構築した。数の暴力というやつで、これによって瞬く間にポルトガルからポーランドまでの全域がフランス領となった。
もともとフランス革命の潮流によってナポレオンはフランスのトップに上り詰めたこともあり、フランスはナポレオン戦争によって「フランス人のフランス」という意識を強く持った。このような国民意識というものは、実はこのときまで欧州にはうっすらとした存在しなかったのだ。
フランス以外の国々では、フランスに占領されることで、「我々はフランス人ではない=○
○人である」という逆の意識が沸いたことで国民意識が形成され、やがて周辺国も徴兵制を開始して国民意識のもとに国家をまとめあげた。これは後に、第一次世界大戦と第二次世界大戦において国家総動員という政策につながり、植民地では独立につながった。

歴史上極めて重要な戦争となったことで、その決定打であったライプツィヒの戦いは欧州の人々にとってもメモリアルなものとなり、ライプツィヒ南東部の公園にはこの戦いを記念するモニュメントがある。これは欧州においてモニュメントとしては最大規模のものだ。


「あれから210年が経とうとしてる今、再びこの街で諸国民の戦いが起きようとしてる」


北西に位置するライプツィヒ・ハレ国際空港には連合軍が集結しており、パリ解放作戦中にこの空港を奪還する激しい戦闘があったそうだ。空港にいる連合軍は、主力はドイツ陸軍と空軍で、他にはフランス軍、オランダ軍、ベルギー軍、ポーランド軍、オーストリア軍、スペイン軍、英国軍、そして米軍がいる。そして枢軸側にはロシア軍とトルコ軍がおり、枢軸軍はライプツィヒ西部のエルスター川の支流沿いにあるスタジアムや競技場が集中する場所にいた。
競技場を中心に、枢軸軍は主に市街地西部の郊外に散会している。

まさに、210年前の諸国民の戦いを彷彿とさせる参加国であるが、あのときよりも遙かに戦争のあり方は変質した。

烏養はライプツィヒを目前にして、赤葦に声をかける。


「赤葦、最終確認だが、市街地に一般市民はいないな?」

「……はい、いません。連合軍が空港にいるほかは、ライプツィヒ市内に民間人はいないようです。弾道ミサイルの着弾地点はクラーラ=ツェトキンパーク、市街地中心部であるツェントルム地区は半壊状態、南部市街地は壊滅してます」


赤葦が可視化魔法によってわざわざ聞かれてもいない市街地の様子を報告したのは、明らかに伊吹の気を楽にするためだ。ちらりと目が合うと、赤葦は小さく笑う。これくらいでは気休めにしかならないと赤葦が分かっているからこそ、これしかできなくてごめん、というような笑みだった。その優しさが柔らかくて、伊吹は言葉以上に気が楽になった。


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