サーヴァントの距離−9
「……マスター、僕は、世界を救うなど、そんなことを言うべき存在ではないのです」
「俺は言ったよな。お前は欧州の法と人権のバランスのとり方において気付きを与え、人類の司法理論を前に進めた、欧州の死刑廃止の原点となった存在だって」
「結果論でしょう、事実、僕は多くの無実の罪を着せられた人間を殺しました。子供も、女性も、老人も、王妃も!」
「お前がいなきゃ、その人たちは別の方法で処刑されてたはずだ。それも、大量処刑に重きを置いた装置によって。ギロチンはお前が人道的な処刑のために議会に提案したものだったけど、ギロチンなしで革命を迎えていれば、大量に処刑することを目的としたものが登場しただろうな。歴史ってそういうもんだ」
「……そ、れは…」
もしサンソンがギロチンを提案していなければ、別の方法が考案されていただろうし、それは大量かつ安易に殺せることが目的のものだった。もしかしたら、もっと残酷でおぞましい装置になっていたかもしれない。
「結果論だって言ったな。でも、だからこそ意味があるんだろ。だからこそ、英霊がいるんだろ。結果を導いたから人々に記憶されたんだ」
「結果を…」
サンソンは話を聞くうちに、顔を覆っていた手から力が抜けて腕を下ろしていた。
背後からは、さすがに意識の世界だけあって人間相手でも崩れ始めた結界の軋む音が聞こえ始めている。じき突破されるだろう。現実であれば人間に唯斗の結界は破れない。
唯斗はサンソンの左手を両手でつかんだ。剣を握るためか、武骨で節くれだっており、意外とごつごつとしている。咄嗟にサンソンは手を離そうとしたが、唯斗は離さなかった。
そしてサンソンの手を掴んだまま、それを互いの胸元まで持ち上げる。
「いいかサンソン。この手は血に汚れただろう。でもお前の手は、当時としてはマシな死を、革命の惨禍という結果を、そして近代法に統治される新しい時代を導いたんだ」
死と結果と時代を導いたサンソンの手をしっかりと握る。サンソンの見開かれた美しい青色の瞳に唯斗が映る。背後の結界はもう崩れようとしていた。
「何よりも、これからは、俺を守る手だ。そうだろ?」
「っ…!ええ、そうです、その通りですとも…僕はあなたのサーヴァント、シャルル=アンリ・サンソン」
サンソンの右手に、大剣が出現する。黒々とした剣を片手で構え、唯斗が握っていた左手を離して代わりに唯斗の肩を抱いた。
抱き締められるようにして、顔がサンソンの肩口に押し付けられる。
「この剣はあなたを守るために。この手はあなたを慈しむために」
そして唯斗の結界が破られるのと同時に、サンソンの剣が兵士たちを勢いよく薙ぎ払った。サンソンの腕の中で思わず目を閉じて衝撃に備えるが、やはり夢だからか、サンソンの攻撃一振りで、兵士たちは掻き消えていた。
同時に、急速に意識が浮上する。唯斗の意識が元に戻るのだ。
「ありがとう、唯斗」
そんな声が聞こえた気がした、その直後。
目を覚ますと、自室の天井が広がっていた。消灯するのを忘れたのか、明るい部屋は眠る前から変わらず、どうやらうっかり寝てしまったようで、掛け布団もなくベッドに横になっていたようだった。
「……マスター」
起き上がって、またすごい夢を見た、と思っていると、急に呼びかけられる。ベッドサイドに現れたサンソンを見上げると、今までよりも優しく穏やかな瞳と目が合った。
「巻き込んでしまって申し訳ありません。でも…僕は改めて、あなたと契約できてよかったと、心から思っています」
「……ん、そっか。それは、光栄だ」
そう答えると、唯斗は手を差し出した。召喚したとき、サンソンは手を後ろに組んでさりげなく拒否していたため、唯斗も求めなかった、握手だ。
サンソンは一瞬驚いたあと、顔を綻ばせ、今度は応じてくれた。大きな手のひらに握られ、武骨な手に包まれると、改めて自分がまだ子供なのだと思い知らされる。
「…やっぱ手、でかいな。なんか分厚いし」
握手しつつ、両手で観察するように握ってみると、サンソンはもう片方の手で唯斗の頭を撫でる。何かと思って見上げようしたとき、その手は頭から唯斗の左耳をするりと撫でて、首筋に指先を滑らせる。
「っ、」
「マスター、寝室で男と二人でいるときにそういうことをするのは感心しません。キャスター・クーフーリンにも手を出されかけていたとエミヤから報告を受けています。気を付けてください」
息をつめた唯斗にサンソンはそう忠告した。キャスターとのことも引っ張り出され、男相手に何を言っているのだろう、とどうしても思ってしまう。
「…や、男相手に何言って、」
「言うことが聞けないのなら、僕の夢の世界に永遠に閉じ込めてしまうよ?」
しかしサンソンは、突然体を屈めて耳元に顔を寄せると、唯斗の耳から直接脳内に吹き込むようにそう言った。ぞくりとして肩が跳ねる。
サンソンはくすりと笑うと、唯斗の肩を押してベッドに横たえ、掛布団を体にかけてくる。
「さあ、おやすみなさいマスター。今度は良い夢を」
そんな言葉を残してから、サンソンは部屋の明かりを消して出て行った。一人残された唯斗は、しばらく呆けたあと、一気に脱力する。
「……寝られるか、アホ………」