封鎖終局四海オケアノスI−3
砂浜で一通り海賊たちを一掃すると、男たちのまとめ役のようだった赤い布を頭に巻いた眼帯の海賊が情けなく命乞いをする。
マシュは盾を砂浜に突き立て、その海賊に向き直った。
「誰か状況を把握している人物はいないのですか?」
「あー…だったら姐御じゃないかと」
「姐御とは?」
「へっへっへ、聞いて驚け。我らが栄光の大海賊、フランシス・ドレイク様だ!」
フランシス・ドレイク、1543年生まれの海賊で、マガリャンイスに続いて世界一周を成し遂げた人物である。1577年からゴールデン・ハインド号によって世界一周の航海に出て、翌1578年に南アメリカ大陸が永遠に続く大陸ではないことを発見、現在の南極と南アメリカ大陸の間に横たわる巨大な海峡であるドレーク海峡を発見している。
このドレーク海峡に面したホーン岬もドレイクが見つけたもので、ここを通る経線は太平洋と大西洋の境目である。
時代的には、この時代を実際に生きている人間だろう。
それほどの人物であれば、海がどうなっているのか、特異点の原因となっている現象も知っている可能性は高い。
一同は海賊に続いて森に入り、ドレイクに会いに行くことにした。
森の中、マシュが立香にドレイクの解説をする。
「ドレイク船長の活躍でイギリスは莫大な富を得て、当時、世界の海を制覇していたスペインを撃破します。決して沈まない太陽、と言われたスペイン。そのスペイン人から
海の悪魔と恐れられた人物…まさに太陽を沈めた英雄ですね。ドレイク船長なくして後の大英帝国の繁栄はありません」
第一特異点であったフランスとイングランドの百年戦争は1453年に終結する。このとき、ジャンヌ・ダルクをイングランドに売り渡して処刑に至らしめたブルゴーニュ公国は、戦後、その日和見的な態度を王室に警戒されて、フランス王室によって本土領域を奪われる。ブルゴーニュ公の地位は名目上だけ残りブルゴーニュは王領直轄となったものの、この直前、ブルゴーニュは婚姻によって現代のオランダ・ベルギー・ルクセンブルクにあたるベネルクス地方を統合していたため、ブルゴーニュ公の名でこの地域を統治した。
その後ブルゴーニュ公は、神聖ローマ帝国を統治するハプスブルク家と結婚し、ここに欧州トップクラスの家柄が統合される。ブルゴーニュ公の女性とハプスブルク家の男性の間に生まれた子供はスペイン王女と結婚、この子供カール5世が神聖ローマ帝国皇帝に即位すると、スペインでの王室断絶に伴ってカール5世がカルロス1世としてスペイン王にも即位する。
こうして、ドイツ地域、ベネルクス地方、スペイン、南イタリアという豊かな地域をまるごとカール5世が統治することになり、その力を背景に南北アメリカ大陸の古代文明を滅ぼして植民地化。カール5世の死後、神聖ローマ帝国はハプスブルク家の弟がオーストリア=ハプスブルク家として帝位を継承し、息子フェリペ2世がスペイン=ハプスブルク家としてスペインとその植民地、ベネルクス地方を統治することになる。
スペイン黄金期はこのフェリペ2世の元で現出し、太陽の沈まぬ帝国と称されるようになっていた。
このあと、1568年にオランダが八十年戦争という独立戦争を引き起こし、欧州は宗教改革に伴う相次ぐ戦乱を経験、やがて1618年より三十年戦争に突入し、プロテスタントの地位が確立される。
このとき、欧州の事情から距離を置いて着実に力をつけつつあったのがイングランドで、その背後にいたのがドレイクなどの国家公認海賊である。
「とはいえ、ドレイクは国家に公認された私掠船の長であっても海賊は海賊。これまで出会ってきた海賊の生態から推測して、ろくでもない人物である可能性は大です。恐らく大食感で大巨人、樽を片手で掴んで一気飲みするような豪傑と想像されます」