封鎖終局四海オケアノスII−4
小舟であるために揺れる中、小さなマストの根元にエウリュアレと並んで座り、船尾で操舵するヘクトールと向き合う。
エウリュアレは唯斗の後ろにおり、心配そうにこちらを見ていた。やはり女神だけあり、人間である唯斗を心配しているのだろう。
「…なんでわざわざ俺まで連れてきたんだ、ヘクトール」
「ん?単に君のサーヴァントが迂闊に攻撃できないように牽制するためだよ。さすがにアーサー王相手にするのは骨が折れるからねェ」
ヘクトールは人質として唯斗を使う気らしい。逃げ場のないここで戦うわけにもいかないのは互いに同じ条件であるためか、ヘクトールは質問には答えてくれるようだ。
「…これまでの特異点では、その時代や国に共通するサーヴァントの他に、それぞれの特異点特有の共通項があった」
フランスでは、ファントムやサンソンのようにフランスという国に共通する者の他に、「竜」にまつわるサーヴァントも召喚された。ジークフリートやヴラド3世がそうだ。
古代ローマにおいては、敵が歴代ローマの為政者だったほか、荊軻や呂布など「皇帝」に関係するサーヴァントもいた。
この第三特異点ではどうかというと、時代も地域も不定であるため分からなかった。
「時代も場所も乱れたここでは、最初、海賊が共通項だと思っていた。でも、メアリーやエイリークは黒髭が召喚した英霊であって、実際にこの特異点に呼ばれた英霊は、古代ギリシアに関連しているんだと分かった。エウリュアレやアルテミス、そしてヘクトール。あんたに指示を出しているのも、古代ギリシアだな」
「そうだよ。でも、海賊って共通項も間違ってない」
「……、そこまで言って俺が理解できてもいいっていうんなら、そっちにはやっぱり、いるんだな」
「そういうこと。手の内を明かしても問題ない戦力ってことさ」
古代ギリシアかつ海賊といえば、それはもう、世界最古の海賊と言っていい者たちだ。
アルゴノーツ、テッサリアの王子イアソンが、父から王位を奪ったペリアスから王位を奪い返すためにコルキスに向かうべく旅した船とその船員のことだ。
その船員には、世界最強の英霊に数えるべき英霊・ヘラクレスがいる。この世界にも召喚されている可能性が高く、ヘクトールは暗に肯定した。
「…エウリュアレを攫う目的は、現状の打破。決め手がない状態で時代を破壊する決定打にするためだな」
「へぇ、そこまで分かるんだ。オジサン感心するなぁ。でも、具体的な方法は分からないだろう」
「まぁな。神霊であることに意味はあるんだろうけど、それ以上は情報不足だ」
今、この世界はヘクトールが奪った聖杯とドレイクの聖杯が拮抗している。どちらにとっても決定打がなく、時代は修復も破壊もされない。
この状況を打破するには、聖杯だけでは足りない。だから神霊であるエウリュアレを必要としているところまでは理解できるのだが、具体的な方法は分かるはずもなかった。
「神霊としても格落ちよ、私」
「神を生け贄に捧げる。あんたに期待しているのは、そこ一点」
「へえ、誰に?」
「世界に、だよ。多少のリスクを冒してでも、世界は粉々に吹き飛ばさなきゃな」
「……そんな言葉を、あんたから聞きたくなかった。ヘクトール」
ぽつりと呟いた唯斗の言葉に、ヘクトールは身じろぎする。
波を滑走する船の上、エウリュアレも唯斗に視線を向けた。
「…俺の家は召喚術を神秘とする家系だ。だから、英霊に関する知識は確かに多い。でもヘクトールは、それだけじゃない。トロイアの英雄、あなたの伝説を知って、あなたに憧れない人はいない。ヘクトールはきっと、ヒーローってものの原型で、理想の英雄像でもある」
ステンノやエウリュアレが美の象徴であるなら、ヘクトールはヒーローの象徴だ。そんなヘクトールが敵である上に、人間の唯斗を肉の盾とし、さらには世界を破壊しようとしている。
それにショックを受けるのは、不自然なことではないだろう。
「……はぁ、やだやだ。損な役回りで召喚されちまったモンだよなぁ。そんな悲しそうな顔されたら、さすがのオジサンもやりづらいっての」
「…そのくらいの良心はあるんだな」
「オジサンだってね、後世の少年の憧れを自分で汚すような真似、したくないさ。まぁ、そんな可愛い君に免じて一つ教えてあげよう」
ヘクトールは苦笑すると、唯斗の頭をガシガシと撫でてきた。やたら英霊に撫でられる気がする。
無骨な手の向こうにヘクトールを見上げると、ヘクトールは敵意もなく微笑んだ。
「この世界のアルゴー号には、船長の他に俺とギリシア最強の英雄、そして魔女がいる。それだけだ」
そうしてヘクトールが教えてくれたのは、敵の総勢だった。ヘラクレスがいる時点で、人数やメンバーが明らかになってもこちらが不利であることに変わりはない。それでも、作戦を立てやすくなったのは確かだった。