封鎖終局四海オケアノスII−5
(マスター、聞こえるかい)
そこに、頭の中に凜とした声が響いてきた。その声だけで安心してしまう相手は、唯斗にとって一人だけだ。
どうやら追いついてくれたらしい。
(着いたか、アーサー。じゃ、エウリュアレと脱出するから頼むぞ)
(必ず君を助ける)
アーサーの言葉を聞いて、唯斗は背後を振り返ってエウリュアレを確かめる。エウリュアレも気づいているようだ。
「…ヘクトール。次は絶対に倒す」
「うん、望むところだよ。思ったより早い到着だったが…こっちも時間通りだ」
ヘクトールの視線を辿ると、前方にうっすら影が見える。目に強化をかけて見れば、あれはヘクトールの母船だと分かる。この世界のアルゴー号だろう。
後方にはゴールデン・ハインド号が見えている。とてつもない速さだ。すぐに追いつかれるはずだ。
決め手のない今、ヘクトールたちは必ずエウリュアレを求める。戦いは避けられないが、こちらのフィールドに持って行くことはできるだろう。
ひとつだけ深呼吸をすると、ヘクトールも警戒を滲ませる。
「さあ、どう出る?未来の魔術師さん」
「…エウリュアレ、掴まってろ」
「失敗したら許さないわよ」
「フォローはしてくれ」
背中にエウリュアレが掴まったことを確認すると、左手に魔力を籠めた。
「ヴァズィ」
そして転移を発動した瞬間、ヘクトールの足下の船底が消失した。船尾とともに船の一部が離れた海上に出現し、ヘクトールはバランスを崩す。
「うおっ!?」
同時に、足に強化をかけて飛び上がり、空中に展開した結界の上に降り立つと、さらに左手をヘクトールの船に向ける。
「ヴィアン!」
かなりの魔力を籠めて召喚術式を展開すると、ヘクトールの船の下方にある大量の海水が消えて、船の上に出現する。船の周りだけ一気に海面がくぼみ、そこに向かって海水がなだれ込んでいく。
唯斗は結界を次々に出現させて飛び石のようにすると、強化した足で飛び伝っていく。
「……あなた、やるわね」
「これだけでヘクトールは撒けない。早く合流しねぇと…!」
結界を蹴って飛び上がる度に、前方に結界を出現させて足場にする。そうやって一気に数百メートルは進んだが、すぐに後ろから圧を感じた。
ヘクトールも船の残骸を足場にして飛び出していたのだ。
「っ、エウリュアレ!」
「分かったわよ!」
エウリュアレは唯斗の背中の上で左手をかざすと、光の矢を放つ。ヘクトールは空中でそれを器用に避けて、槍を構えた。デュランダル相手に、結界など役に立たないだろう。
「くっそ、やるしかねぇか…ヴィアン、」
唯斗は海上に、ゴールデン・ハインド号に備え付けられていた小舟を出現させた。そこに着陸するのと同時に、唯斗は令呪を使った。
「アーサー!!」
まるで雷が落ちたかのように、光が船に落ちて人影が現れる。
アーサーはゴールデン・ハインド号からこちらを見ていたのだろう、状況は理解しており、すぐに剣を構えた。
直後、ヘクトールが追いつき、アーサーの剣に槍が激突する。衝撃で船は大きく後方へと進み、海上をサーフィンのように猛烈な勢いで滑っていく。
咄嗟に縁を掴んでエウリュアレを支えるが、ミシミシと船は音を立てている。船が壊れる、そう思った瞬間、目の前に突然ガラスの塊が現れた。
「唯斗さん!こちらに!」
「っ、マリー!?」
ガラスの馬車が現れ、その荷台にマリーがいた。唯斗は再び足に強化をかけて飛ぶと、その荷台に飛び込んだ。同時に船はバラバラに砕け、アーサーはヘクトールを弾いて同じく荷台に飛び込んでくる。
マリーの馬車は海上を滑空し、ゴールデン・ハインド号へと向かっていくが、すぐ近くまで来ていたゴールデン・ハインド号にはヘクトールも壊れた小舟から待避して甲板に着地していた。
すぐに立香たちがヘクトールと甲板で交戦を始める。
「ありがとうマリー、助かった」
「あらいいのよ。あのアーサー王と女神エウリュアレを助けて海の上を飛ぶなんて!とっても素敵な冒険譚ではございませんこと?」
マリーはにっこりと笑う。エウリュアレは感心したようにガラスの荷台を眺めている。
立香が召喚したマリーによって助けられたようで、アーサーは驚いていないため作戦通りなのだろう。
「怪我はないかい、マスター」
「大丈夫。アーサーもありがとな」
「…いや、目の前にいながらマスターを攫われるとは、サーヴァント失格だ」
「あら、ヘクトール相手に一人で挑んだマスター側に問題があるんじゃないかしら?でも、私を背負って逃げおおせたのは評価してあげる」
悔しげなアーサーと、否定しようとした唯斗を制して、エウリュアレが高飛車に言った。空気を沈ませなかった女神に、アーサーと二人、今はそれどころではないと切り替える。
「…本当の敵はアルゴノーツ。戦力はヘクトール、イアソン、メディア、そしてヘラクレスだ。アーサー、撤退戦の用意」
「了解。クイーン、船に戻ろう」
「お任せを、キング・アーサー。マスターたちを頼みます」
馬車はゴールデン・ハインド号に戻る。すでに前方には、アルゴー号が会敵距離に見えていた。