封鎖終局四海オケアノスII−7


そこに、アステリオスが進み出た。ヘラクレスの攻撃を受け止めて、タックルするかのように動きを止めた。
甲板に尻餅をついたエウリュアレは、アステリオスを見上げる。


「アステリオス…だめよ、もう。敵わない!私たちはそいつに、勝てない!だめなのに、どうして!」

「うう、うあああああああ!!」


アステリオスはヘラクレスを押して行く。巨体同士のぶつかり合いに、誰も介入などできる余地はなかった。
アステリオスは呻きながらエウリュアレに答える。


「ころした、なにも知らないこどもを、ころした!かいぶつだからって、ちちうえにいわれて!でも、ぜんぶ、じぶんのせいだ。きっとはじめから、ぼくのこころは、かいぶつだった!」


そう言いながらもアステリオスは、ヘラクレスを押し返しつつ、後ろを振り返る。エウリュアレに向けた視線は柔らかかった。


「でも、なまえを、よんでくれた。みんながわすれた、ぼくの、なまえ…!なら、もどらなくちゃ…ゆるされなくても、みにくいままでも、にんげんに、もどらなくちゃ…!」


その隙に、メディアがエウリュアレを攫おうと接近してきた。すかさずドレイクが庇い立ち、メディアを睥睨する。


「エウリュアレはあたしらのお宝だよ!あんな男に髪一本だってくれてやるもんか!」


マシュも駆けつけ、アーサーもメディアに剣を向ける。ヘラクレスは依然としてアステリオスに押されており、マシュとアーサー、ドレイクによってメディアも近づけない。一進一退、膠着状態になろうとしている。
ここが船でなければ大規模な攻撃ができたのだが、制約が多すぎる。

すると、アルゴー号から魔力の放出が始まった。そちらに視線を遣ると、ヘクトールが槍を構えているのが見えた。槍投げの要領で、こちらにデュランダルをぶち込もうとしているのだ。
まさか、言うことを聞かないヘラクレスごとアステリオスを貫くつもりだろうか。その場合、ヘラクレスは生き返るがアステリオスは死んでしまう。


「逃げろアステリオス!」


オリオンもそう呼びかけるが、アステリオスは首を横に振った。本能であれを理解しているのだろう。
唯斗はオリオンとアルテミスのところに駆け寄る。


「オリオン、アルテミス、あれを止めることは…できないか」

「無理だ、アキレウスでもいないと、俺たち格落ちの神霊じゃどうにも…!」

「ごめんなさい、私の弓でも止められないわ」


険しい表情の二人が言うからには、もう遅いのだろう。ぐっと拳を握りしめてから、アステリオスに強化をかけながら回復魔術を展開する。同時に、ヘクトールの槍が投げられて、一瞬でヘラクレスとアステリオスを貫いた。


「アステリオス!!」


悲痛なエウリュアレの声が響く。なんとか強化と回復によってアステリオスは生きているが、生きている方が本来はつらいだろう。それでも、アステリオスが選んだのだ。自ら、ヘラクレスの枷となることを。


「お前さん…」


手をかざしてアステリオスに複雑に魔術を重ね掛けするのを見て、オリオンは驚く。


「…アステリオスが覚悟決めたんだ。俺たち人間が応じないでどうする。立香にはできないから代わりにやってるけど…あいつは、決断を下す役割がある」


想像を絶する苦しみをあえて長引かせることを知っていながら、強化と回復をかけている。甲板に飛び散るアステリオスの血液と、苦悶の表情を浮かべて踏ん張り続けるアステリオスに、唇を噛みしめた。
唯斗の考えを理解したのか、アルテミスはおもむろに、唯斗の両目をその美しい手の平で覆った。視界が塞がれて、苦しそうなアステリオスが見えなくなる。


「あなたは目をそらしてはいけないと思うでしょうけど。いいのよ、その覚悟だけで、いいの」


普段の様子とは違う、女神らしいアルテミスの言葉。
そこに、アステリオスの苦しそうな声が立香を呼ぶ。


「ま、すたあ、ますたー、ますたぁ…!!」

「……撤退しよう」

「う、うん…!ありが、とう…!みんな、なまえ、よんでくれた…うまれて、はじめて!うまれて、はじめて、たのしかった…!ぼくは、うまれて、うれしかった…!えうりゅあれを、よろしく…!ぼくは、えうりゅあれが、だいすき、だ!」


じわりと滲んだものは、アルテミスの手が受け止めてくれる。
ドレイクは気丈な声で船の操舵を指示する。


「だめよ、アステリオスが…!」

「うっせえチビ女神!あいつの心意気を汲んでやれ!」


震えるエウリュアレの声にオリオンが怒鳴る。船は揺れながら動き始め、慌ただしく船員が動く。もう、魔術はいらないだろう。


「…ありがとうアルテミス。もう、大丈夫だ」


無言でアルテミスは手を外す。視界が明るくなると同時に、隣にアーサーがやってきた。
アステリオスはゆっくりとヘラクレスとともに船の端へと進み、そして、海を目指す。そこにエウリュアレが声をかけた。


「アステリオス!誰がなんと言おうと、あなたはアステリオス以外の誰でもないわ。だから、お願いだから。怪物になりきれなかったことを、悔やまないで。それはとても、尊いことなんだから」

「…うん。でもやっぱり、かいぶつは、ばつをうけないと」


そう言って、アステリオスはヘラクレスとともに海に飛び込んだ。ヘクトールの槍に貫かれたまま、激しく水しぶきが立ち上がる。
メディアはアルゴー号に戻り、アルゴー号は急速に離れていく。速さに優れたゴールデン・ハインド号は、瞬く間にアルゴー号との交戦海域を離脱した。

そして、甲板に残されたアステリオスの血痕が光とともに消える頃には、前方に新しい島が見えていた。


118/460
prev next
back
表紙へ戻る