封鎖終局四海オケアノスII−8
海図にない海域を航行するゴールデン・ハインド号は、いくつかの島を発見しては、カルデアで観測してめぼしいものがないか確認した。
この世界のどこかに、契約の箱があるのは確かであるため、イアソンたちより先にこれを見つけるべく旅していた。
「それにしても、契約の箱ってのはなんなんだい?」
しんみりとした空気を払拭するべく、そして同時に敵の意図を理解するべく、ドレイクは唯斗に尋ねた。立香とマシュもこちらを見て、エウリュアレやアルテミスたちも然りだった。どうやらこの分野の百科事典扱いされているらしい。
なんでもかんでも知っているわけではないのだが、さすがに契約の箱くらいは知っていてもいいのではないだろうか。
「モーセは知ってるな?エジプトで迫害されたユダヤ人を救うべく、海を割って脱出した最初の預言者だ。モーセはエジプトを逃れ、シナイ半島にたどり着くと、そのシナイ山で神から十戒を授かった。これを記した石版を収めた箱が契約の箱だ」
キリスト教では聖櫃と言えば広い意味を持つ言葉だが、ユダヤ教では聖櫃とはこの契約の箱を示す。
旧約聖書の出エジプト記では、モーセは紅海を渡ってシナイ半島に渡り、そこで啓示を受けた。その啓示を石版に刻んで契約の箱に格納すると、地面に触れないよう箱の四隅には足をつけ、常に2本の棒をさして神輿のように担いで運んだ。その後、ユダヤ人は約束の地カナンへと至り、エルサレムを首都とするエルサレム王国を建国する。
ペリシテ人との戦いの末に王になったダビデは、エルサレム神殿を建立し、そこにペリシテ人に奪われた後に取り返した契約の箱を奉納した。
「でも、契約の箱は別名『ロスト・アーク』、ユダ王国の滅亡以降は行方が分かっていない。3000年に渡って行方不明のアークがこの特異点に最初からあったとは思えない。でもイアソンはこの空間にあると確信してる。それなら、これは誰かしらのサーヴァントの宝具である可能性が考えられる」
『なるほど…宝具になっている可能性、それはあるね。もしアークが失われておらず世界のどこかにあったのだとしても、それを狙って特異点にするなら近世である必要はない』
「もし宝具になってんなら、考えられるのはモーセ、ダビデ、ソロモン。ただソロモンには目立ったエピソードはないから、モーセかダビデが召喚されてるんじゃねぇか」
エルサレム王国はソロモンの死後、南北に分断される。北のイスラエル王国はアッシリア帝国に滅ぼされてしまうが、南のユダ王国はエジプトに服属して存続する。しかし、アッシリアが滅亡するとメソポタミアを新バビロニア王国が統一し、この新バビロニア王国によってユダ王国も滅ぼされる。このときエルサレムは破壊され、神殿も崩壊、ユダヤ人はバビロンに連れ去られるバビロン捕囚によってパレスチナを離れた。
バビロンからユダヤ人が戻ってきたときにはすでにエルサレムは消失し、契約の箱も失われていた。
そのため、契約の箱がこの空間に存在するとすれば、それはサーヴァントの宝具として存在しており、契約の箱を作らせたモーセか、これをエルサレム神殿に奉納したダビデか、そのどちらかのものである可能性が高い。
『それにしても、なんでイアソンは契約の箱なんて求めるんだろうね?エウリュアレを捧げるってのも意味が分からない』
「さあな。そもそも3000年間行方不明の代物だ、聖書ですら言及されている部分は多くない。少なくとも、触れた者に災いをもたらすってことだけしか」
『パンドラの箱と同じだね。開ける、触る、壊す…いずれも反動として災いが訪れる』
「…思うに、ペリシテ人がこれを奪って多くの災厄に見舞われたことを考えると、神による災いは触れた者に対して等価なんじゃないか。一人が触れたらそいつが死ぬ。ペリシテ人が触れたらペリシテ人が滅ぼされる。神が触れれば……」
『…考えたくないね』
神霊であるエウリュアレが触れれば、それはとてつもない反動が返ってくるだろう。
「アーサーのエクスカリバーだって、80%以上出力を抑えてやっと空間を崩壊させずに使えるんだ。特異点の不安定さを考えれば、エウリュアレが契約の箱に触れれば、最悪この空間ごとぶっ壊れるんじゃないか」
「ったく、古代の王ってのはなんでそんなモンを作るのかね」
「まったくだ」
ドレイクの言葉には、正直全面的に同意する。世界中、そんな代物ばっかりだ。