強さも弱さも−7
通常のレイシフトにも似た、シミュレーターによる電脳ダイブは無事に成功した。
目の前に広がるのはやや起伏にとんだ草原で、ところどころに小高い丘や森がある。豊かな緑が一面に広がる光景は、閉鎖的なカルデアに対して開放感があった。
「すげ…アイルランドか?」
「ええ。私の時代、神代に近い時代のアイルランドです。『緑の国』という名は今も健在と聞きます」
北海に流れてくる暖流によって、英国やアイルランドは緯度のわりに温暖だ。その代わり、湿気を多く含んだ空気が暖流とともに流れ込むため、雨が多くなる。英国やアイルランドはそうして雨の多い地域となったが、それによって国土は潤い緑豊かな土地となった。特にアイルランドは一面の草原が国を覆うため、別名「緑の国」とも呼ばれ、スポーツのイメージカラーなどを含め緑が国の色となっている。
「ただ、実際の景色と異なっている部分もあります。心象風景というものでしょう」
「なるほどな。俺の心象風景があるなら、近いかも。ブルターニュで育ったからな」
「近しい気候ですね。…っと。これは…」
すると、ディルムッドが槍を構えた。唯斗も敵意を背後から感じて振り返る。
草原には異形の影が忍び寄っていた。
『無事にダイブできたようだね。それはディルムッドの心の防衛機構がシミュレーターによってエネミーとして具象化したものだ』
「危険ってこういうことか。ディルムッド、いくぞ」
「はい」
ロマニは口数が少なく、どうやら唯斗とディルムッドの二人のコミュニケーションに任せているらしい。ディルムッドの心に問題がある以上、解決するには現場でのマスターとサーヴァントの会話が重要になるという判断だろう。
唯斗は右手を構えて指先をエネミーに向ける。手首を左手で押さえながら、ディルムッドと入れ替わるように後ろに下がる。
代わりに前に出たディルムッドは、2本の槍を構えてエネミーと対峙した。数は4体、大きさは成人男性より一回り大きいくらいだ。
ディルムッドは先制を仕掛け、槍によって2体ずつ素早く薙ぎ払う。吹き飛ばされたエネミーのうち、ディルムッドは左側の距離が近い方を追撃する。
唯斗は右側に飛ばされたエネミーに向かってガンドを放った。ディルムッドの打撃が強かったため、エネミーはガンドの留めで倒れ、消失した。
ディルムッドの追撃によって左側のエネミーも消失する。
すると、倒したところでディルムッドの槍が一瞬輝いた。
「おお…少し、力が戻ったようです」
「エネミーを倒すごとに、ってことか」
「恐らくは。このまま進み、エネミーを倒していきます。マスター、私が必ずお守りいたしますので、もう少々お付き合いください」
「あぁ。ここにはお前しかいないからな、頼んだ」
「もちろんです。ディルムッド・オディナ、推参する」
前方の森と、その入り口に見えているエネミーを睨む眼光は鋭く、鋭利な空気を纏っている。戦士としての力を漲らせる槍兵の背中を追って、唯斗も足を進めた。
しばらくそうしてエネミーを倒しながら進んでいくと、やがて森の最奥に辿り着いた。陽光もあまり差し込まない深い森の中、薄暗い地面で根に気付かず足が突っかかった。
「うお、」
「っと、お怪我は」
「や、こんくらいで怪我しないって。でもありがとう」
ぐらついた体を、すかさずディルムッドが支えた。瞬時に左手に持つ槍を地面に突き刺し、その腕一本で唯斗の体が前に倒れないよう抱き留めている。まったくその動きは目に追えず、人間離れした挙動に、ちょっとした瞬間ではあるがディルムッドの力を感じる。
そして、体勢を立て直したときだった。
「久しいな、ディルムッド」
「ッ!この声は…!」