強さも弱さも−8
森に響く凛とした声、ディルムッドがすぐに前方に意識を向けると、そこにはディルムッドと同じくらい端正な顔立ちの男が立っていた。
美しい金髪を長く流し、色気のある目元がこちらを見降ろす。槍を持った男の様子とディルムッドの反応に、すぐに誰か分かった。
「…フィン・マックールか」
「あぁそうだ、此度のディルムッドのマスターよ。我がフィオナ騎士団の一番槍が世話になっている」
「…まさか、この森は……」
そっと隣のディルムッドを見上げると、ディルムッドは苦々しい表情で頷いた。
「はい…ここは私が命を落とした森。それ以上は、あなたには語るまでもないことでしょう」
古代アイルランドの騎士団、フィオナ騎士団に所属していたディルムッドは、フィンの妻と駆け落ちしてしまい、騎士団に不和をもたらす。ランスロットにも似た話だが、ディルムッドはその後フィンと和解している。
「私とお前は和解し、すべては水に流された、はずだった。そう、私がこの森でお前を見捨てたときまでは」
しかし、その後ディルムッドはフィンと狩りに出た際、重傷を負ってしまい、フィンに助けを乞う。フィンは助けようとするも葛藤し、その葛藤の末に治癒の水をようやくディルムッドの元に持ってきたときには、すでにディルムッドは事切れていた。
悲惨な運命を辿ったディルムッドのその元凶とも言える存在だが、フィンとディルムッドの関係は極めて固い絆に結ばれたものだった。
「しかしお前は私を恨んではいないのだろう、ディルムッドよ」
「ええ、その通りです。私は恨んでなどおりません、我が王」
「…フッ、だがそれは嘘だ」
「なっ、嘘など…!」
動揺を見せたディルムッド。本当に恨みも憎しみもないのなら、疑問が先行するはずだ。しかしディルムッドは動揺を見せた。恐らく、唯斗や他の者に同じことを聞かれてもこうはならなかったが、フィンに言われたからこうなったのだ。
いや、フィンの姿をした自身の感情そのもの、と言った方が正しいか。
「フィン・マックール、あなたは本当のフィンじゃないな」
「あぁ、その通りだ聡明なマスターよ。私はディルムッドの感情そのもの、ディルムッドがお高く騎士として滅私するべく置き去りにした、フィン・マックールへの恨みだ」
「な、んと…」
愕然とするディルムッドに対して、フィンは槍を構える。一気に臨戦態勢となったことで、場には急激に緊張感が高まった。これが、ディルムッドの記憶にあるフィンの恐ろしいまでの強さの波動なのだろう。
ランサーの敵意と殺気は、まるで槍のように鋭利で恐ろしく、それでいて真っすぐだ。
「ディルムッド、来るぞ」
「…っ、しかし、私に恨みなど…ましてや憎しみなど…!敬愛する王にそんなもの、いいえ、すべては私が悪かったのです…!」
しかしディルムッドは槍を構えることができない。隣に立つディルムッドの視線は下がり、僅かに震える槍はとてもフィンの槍を受け止めることなどできそうになかった。
「また逃げるかディルムッドよ。私から妻を奪ったときのように。そして己が感情を見て見ぬふりしてきたように!」
「っ、ちょっと黙ってろ!」
唯斗はそう言うと、思い切りフィンに向かってガンドを放った。衝撃でよろめいたが、咄嗟にディルムッドが支えてくれる。その逞しい体に抱き込まれつつ、吹き飛ばされたフィンを確認した。
「…そんなガンドがあってたまるか!」
衝撃波によって土煙が立ち込める中から聞こえてくるフィンの声に、背後でディルムッドも思わずといったように頷いていた。やはり、なんだかんだ近しい間柄なのだ。