強さも弱さも−9
唯斗はディルムッドから離れると、今一度向き直った。正面から、泣き黒子の涼やかな目元を見つめる。
「しっかりしろディルムッド、あれはお前の感情で、お前は自分から逃げてるんだ。向き合え、自分の捨てた感情に!」
「…マスター……」
正面から唯斗はディルムッドの厚い両肩に手を置き、力を籠めて奮い立たせるように掴んだ。
「一番槍の誉れを見せろ。自分にくらい勝ってみせろ」
「…っ、」
「……俺も一緒に戦うから」
大丈夫だ、と微笑んだ唯斗に、ディルムッドは一瞬目を見開いた後、その瞳をすっと細める。そして、ひとつ呼吸をしてから前方からこちらにやってくるフィンを見据えた。
「……ええ、私はフィオナ騎士団が一番槍。そして、あなたのランサーです」
一瞬ディルムッドは唯斗を抱き締めたあと、すぐに離れてフィンの方へと向かった。
2本の槍をそれぞれ空を切る音とともに回転させ、それを瞬間的に止めて定位置に構える。その凛とした殺気に、フィンは満足そうにした。
そして次の瞬間、ディルムッドの双槍はフィンの槍を弾き飛ばし、その2本の交差によってフィンの首を捕えて樹の幹に押し付けていた。首を絞められるように木に固定されたフィンは、ぐっと息を詰めてディルムッドを見下ろす。
本当に、まったく見えなかった。目の前にいたはずのディルムッドが瞬きの時間すらなくいなくなり、数メートル先の木の根元で槍をクロスさせてフィンを捕えていた。
「…なんつー速さだ……」
呆然としていると、フィンは苦しそうにしながらもうっすらと笑う。
「ディルムッドよ、私を恨む気持ちはないのか」
「……あるのでしょう。ですが、それは今ここで置いていきます。私はそれ以上の “何か” を王から得た。かけがえのない何か―――見失ってはならないものを」
「……そうか」
最後にフィンはそう言って、唐突に姿を消した。
同時に、ディルムッドの槍はひときわ大きく輝く。光が止むと、明らかに漲る魔力が増えているのが分かった。宝具として、真価を発揮できる状態になっているということだ。
「復活だな」
「はい。マスター、我が主よ。私は情けない姿ばかりお見せしてしまいました」
ディルムッドはすかさず唯斗のところまでやってくる。槍を2本とも地面に突き立てて、そのまま地面に片膝をついて首を垂れた。
「カルデアに召喚されたその日から。あなたはずっと私を気に掛けてくださり、そして、私は数々の𠮟咤激励する言葉を賜りました。あなたの誠実さはまるで槍のように真っすぐで、強いものです。我が主、あなたの槍となれること、この身に余る喜び。主よ、あなたとともに世界を救う戦いに我が槍を振るえるこの栄誉、言葉にしようもありません」
さすが、現役の騎士である。忠義を尽くそうとする言葉に、唯斗はさすがにむずがゆく感じるが、それ以上に、ディルムッドが心からサーヴァントとなれてよかったと言ってくれていることが、それこそ唯斗にとって光栄なことだと思った。
そこへさらに、ディルムッドは唯斗の右手の甲を取ると、そこに浮かぶ令呪にそっと口づけた。触れるだけのそれは、騎士にとって最大の忠節の表現だ。
あまりに様になっているその姿に苦笑して、唯斗はディルムッドと視線を合わせるために同じように膝をつく。土に膝をつけた唯斗にディルムッドは一瞬慌てるが、それを制して、取られたままの手を握る。
「こっちの方が、お前と同じ高さで視線を合わせられるな」
「っ、マスター…」
「騎士であるお前の誉れに対して、俺は決して等身大になれなんて言わない。でも一つだけ。何度も言うけど、俺は、一緒に戦ってるんだと思ってる。今日たった数時間しかお前に付き合ってない俺が言うのもあれだけど。最後まで、付き合ってくれるか」
「…この身に余る、お言葉です。マスター、少しだけ、抱き締めさせていただけますか」
「?ああ」
ディルムッドに促されて立ち上がると、そっと正面から抱きしめられる。身長差から肩に鼻が当たった。
肩の防具を消してむき出しになった腕に抱き締められ、ディルムッドが薄着であることもあって温もりに包まれる。
「やっと、理想のマスターと出会えた気がします」
「お前こそ理想のサーヴァントだろ。強くて礼節も忠節もある。ディルムッドを召喚できたら、マスターとしてめちゃくちゃ嬉しいと思うんじゃないのか。少なくとも俺はランサーがディルムッドで良かった」
「ッ…、あなたは、本当に…!」
僅かに声を震わせたディルムッドに、唯斗は背中を擦ってやる。何があったのかは聞かない。過去に記録された聖杯戦争は1度だけだが、英霊が召喚されるというとんでもない事象に絶対はない、ディルムッドももしかしたら過去に聖杯戦争を経験しているのかもしれない。
ただ、今回の現界によってディルムッドがなんの憂いもなく槍を振るえるのなら、唯斗にとってはそれだけで十分だった。