死界魔霧都市ロンドン−3


歩いて10分ほどして、モードレッドはとあるアパルトメントに一同を案内した。建物内部は本当に霧が入ってきておらず、やっとしっかり呼吸ができた。
しかし、すでに相当の霧を吸い込んでいたためか、まだ力が入らない。


「おかえりモードレッド…おや、そちらは…」


出迎えてくれたのは、金髪に緑色の目の英国人らしい男性だった。肩にかけたジャケットを揺らして玄関の扉を開けて、モードレッドの後ろに続く唯斗たちを迎え入れてくれた。

室内は19世紀らしい絢爛なデザインながら、家主の趣向かやや落ち着いていた。おとなしめの合理的な調度品に混じって、魔術の品も並んでいるように見える。


「お邪魔します…あの、あなたは…」

「僕はヘンリー・ジキル。モードレッドが連れてきたのなら味方なんだろう。まずはそちらの彼を休ませてあげないと」

「…、悪い」


アーサーに下ろしてもらい、唯斗はジキルと名乗った青年に促されてソファーに横たわる。柔らかいクッションに支えられ、ようやくほっと息がつけた。あのまま外にいなければならなかったかと思うとぞっとする。

それにしても、ヘンリー・ジキルといえば小説の登場人物が思い当たる。
ロンドンの科学者であり、自分の悪性を切り分ける薬品を調合することに成功、悪性だけの自分に成り代わって夜な夜な殺人を楽しむようになるが、次第に悪性と善性との境目が明瞭になっていき、悪性の自分ヘンリー・ハイドとして人格が別れていく。
最後にはハイドになった状態で警察に追われるうちに薬品が切れてしまい、ジキルに戻ることができなくなり、凄惨な最後を迎える。

しかし見るからにジキルは人間だ。


「あなたは小説の登場人物の…?」

『サーヴァントかな』

「まさか。サーヴァントはモードレッドだけだよ。僕は普通の人間さ」

「エセ魔術師だよ」


どかりと一人掛けのソファーに座ったモードレッドが言うと、ジキルは苦笑しながら頷く。立香とマシュも空いた椅子に座り、アーサーは唯斗の近くに控えて立っていた。


「僕はサーヴァントでもなんでもない、ちょっと霊薬の調合ができるだけの人間だよ。魔術やサーヴァントという存在に対して理解があるだけさ。よくある名前だしね」

「そう、ですね。それよりも、状況の確認をしましょう。ドクター、唯斗さんと先輩のバイタルはどうですか」

『立香君はまったく問題ない、いつも通りだ。毒に耐性でもあるのかな。唯斗君は、落ち着いては来ているけれどまだ不安定だ。体内に滞留した魔力が自身の魔力と体内で衝突を起こし続けているんだろう。見た目よりもつらいはずだよ』

「唯斗、大丈夫…?」


立香は心配そうにこちらを覗き込む。唯斗は手をひらひらと振って大丈夫だとサインした。


「俺のことはいい、それよりもこの霧だ。俺がこうなるってことは、相当数の市民の犠牲が出てるだろ」

「…あぁ。この霧が現れたのは三日前。一般人が吸い込むと命に関わる。僕の試算では数十万人が命を落としているはずだ。分かっていることは、多くの魔力を含んでいるということだけ。仮に、これを魔霧と呼んでいる」

「なるほどな。それで市民は屋内に立て籠もり、屋外には謎の敵性体が跋扈すると。ジキルは突然現れたサーヴァントであるモードレッドとともにこの事態の解決に向けて情報収集してるところか?」

「そういうこと。よくそこまですぐに分かったね」

「事態の収拾に目処が立ってるなら、モードレッドならもっと真正面から突き進むだろ。そういう動きをしてるようには見えなかった」

「ははは、違いねぇ!父上のマスターだけあって面白いな」

「父上って…まさかあなたは、アーサー王かい!?」

「あぁ、申し遅れてすまない。私はアーサー・ペンドラゴン、ただし異世界のアーサー王だ。この世界の者ではない。こちらはマスターの雨宮唯斗。そして…」

「私たちも名乗るのが遅れてすみません。私はデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライト、こちらはマスターの藤丸立香。私たちはカルデアという組織に所属しており、人類史に生じた異常、特異点と呼ばれる事象の解決を任務としています」

「特異点…なるほど。やはりこの事態はあまりに不自然だった。本来、正史ではこんなことは起こらないんだね」


いろいろと順番が狂ってしまったが、ようやく落ち着いたため、自己紹介と特異点の説明を行う。さすが学者というべきか、ジキルはすぐに理解した。
モードレッドもサーヴァントであるためか、この異常事態についてはある程度理解できたらしい。


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