死界魔霧都市ロンドン−5
ジキルが無線を使って連絡を取っている間、唯斗は通信の様子からそろそろ目的地に着きそうなことを察する。
唯斗は何もせずここで横になっているわけにはいかないと、ソファーから起き上がって通信に呼びかけた。
「マシュ、映像に切り替えられるか」
『可能です、どうかしましたか?』
「敵性サーヴァントと出くわしたときに、俺が相手の情報を絞るなり特定するなりする」
『助かります、そろそろヴィクター・フランケンシュタイン博士の邸宅に到着します』
右腕の通信機は空中にホログラムで映像を投影する。そこから、霧がかった屋敷が正面にあることを確認する。アーサーも隣に座って映像を覗いた。
「映像だけで分かるのかい?」
「分かるヤツは分かる。何もしないわけにはいかねぇ」
「…うん、そうだね。でも無理はしないように」
「安全なところで無理しないでどうすんだ」
映像を注視しながら答えると、邸宅の門扉に人影が見えた。異様なフォルムは普通の人間ではない。モードレッドもサーヴァントの反応だと判断したようだ。
『お前、匂うな。殺したな、ヴィクターじいさんを』
『はて…殺した、そうですね、殺したのでしょうか。難しい質問です。なぜなら彼は、一人でに爆発したのですから』
軽薄そうな声を発するサーヴァントは男性、ピエロのような格好をしている。まるで悪魔のような格好だ。
奇抜な格好をしているサーヴァントは多いが、その服装にはそれぞれの逸話などに関わる意味がある。この男は単なるピエロのそれに近い。
これまでの特異点では、その地域に纏わる英霊、もしくは特異点ごとの特徴に関連する英霊が召喚されていた。
第一特異点では「フランス」と「竜」、第二特異点では「ローマ」と「皇帝」、そして第三特異点では「古代ギリシア」と「海賊」だった。
まず場所としては英国に関連する英霊だろうし、モードレッドが現れたのもそれによるものだ。だとすれば特徴は何なのか。
ここまでの情報で考えられるのは、ヘンリー・ジキルとフランケンシュタインという小説の登場人物である。時空が狂っていることで人間として実在することになっているが、正史に彼らは存在しない。
「小説や物語、あるいは…怪物…?」
ジキルはハイドという怪物を、ヴィクターはフランケンシュタインの怪物を生み出した。もしくは、小説や怪物というものの上位概念として「物語」や「フィクション」なども考えられる。いわばファンタジー空間だ。産業革命という近代合理主義の時代が、空想に溢れたフィクションの英霊によって修正されようとしているということである。
いかにも皮肉の好きな英国らしいのではないか。
『何者だ、お前』
『私は見ての通り悪魔です、なんて。いえ、いえ、私はお察しの通りサーヴァントです』
見た目はもちろん、自らを悪魔などと嘯く。
本来、幻霊といういわゆる物語の登場人物などがサーヴァントになるには、相当な知名度が必要だ。このサーヴァントの特徴を兼ね備えた上で、世界的に知られる物語というと、比較的絞られる。
「マシュ、候補としては、『ハンノキの王』か『メフィストフェレス』あたりじゃないか」
『どちらもゲーテの作品に語られる悪魔ですね』
『おや、姿の見えぬところに別の魔術師ですか。ご名答、私はキャスター、真名をメフィストフェレス。もっとも、このような聖杯戦争ならぬ聖杯戦争では真名を明かすことに意味などありますまい』
ハンノキの王はデンマークの伝承が元になったゲーテの詩に出てくる悪魔であり、「魔王」という詩で語られる。また、この詩をそのまま楽曲にしたのがシューベルトの「魔王」であり、これは極めて有名だ。
もう一つの候補は、これもゲーテの戯曲「ファウスト」で知られる悪魔、メフィストフェレスだ。ファウスト博士が呼び出した悪魔であり、ファウストを悪の道に誘い出す存在である。
そして答えは後者の方だった。
相手はキャスターであるため、立香はライダーのアストルフォとブーディカを呼び出す。ケタケタと笑うメフィストフェレスとの戦闘が始まるが、この戦い自体はさほど問題はないだろう。
映像はマシュが戦闘に加わるため乱れ、いったん映像から目を離す。隣に座るアーサーは「さすがだね」と褒めた。
「大したことはしてない。それよりも、今回はどうやら英国に関連する英霊と、『物語』に関連する英霊が出てきてる可能性がある。『空想』と言ってもいいかもしれないな」
「産業革命期のロンドンにそんな英霊が現れるとは…特異点でもこの国はひねくれてるのかい?」
「ひねくれてなきゃそれは英国じゃないだろ」
「それは、確かにね」