死界魔霧都市ロンドン−6


戦闘が終わり、立香たちは邸宅に入って調査を開始した。
一方、ソファーで様子を見守っている唯斗のところにジキルがやってきた。


「今、新しい情報が入ったんだ」

「何かあったのか」

「ソーホーで住居の中に入る敵性体が確認された。詳しいことは調査中だけど、かなり被害が出ているらしい」

「オートマタたちか?」

「どうだろう、でも今のところソーホーに限定されてるようなんだ」

「…なるほどな。もしかしたら、ソーホーに召喚されたサーヴァントによるものかもしれない」

「そうかもしれないな。とにかく、モードレッドたちにソーホーに行って調査するよう伝えておいてくれないかな」

「分かった」


一律同じ動きをしているオートマタたちが、特定の地域でだけ異なる動きをするようには思えない。恐らく、何かしらのサーヴァントがソーホーに召喚されて暴れている可能性があった。バーサーカーだろうか。

ちょうど、通信では邸宅を出て戻ろうとしているようだったため、唯斗はマシュに呼びかける。


「マシュ、聞こえるか」

『はい、どうしましたか?』

「ジキルからの情報だ。ソーホーで未確認の敵性反応だ。室内に入り込むらしい。サーヴァントかもしれない」

『分かりました。モードレッドさん、ソーホーに向かってもよろしいですか?』

『おう、いいぜ。俺がボコしてやる』


立香たちはソーホーへと移動を開始する。この様子だと交通機関は動いていないため、また歩き続けることになるだろう。
ここでソファーに座って休んでいるだけの自分が情けなくてぐっと拳を握ると、ソファーに面するテーブルに紅茶が置かれた。ジキルが淹れてくれたようだ。


「難しい顔をしているよ。分かることも分からなくなってしまう」

「…そう、だな。メリハリはつけねぇとな。悪い、何から何まで」

「僕みたいなエセ魔術師じゃない君がいてくれて助かるよ」


美味しい紅茶を飲んで、ほっと息をつく。ジキルの言うとおりだ。
自己嫌悪は立香たちが戻ってからにするべきだろう。

少しして、立香たちはソーホーに到達した。ジキルが指定した古書店に向かう立香たちを見守っていると、ジキルが新しい情報を追加する。


「どうやら、住民たちは覚めない眠りに陥っているそうなんだ。思い当たるサーヴァントはいるかい?」

「昏睡状態にする…いや、それだけじゃなんとも。敵意のない住民を次々と眠らせてる目的は、害意というよりは自分の力のためだろうけどな」

『唯斗さん、目的地になっている書店の到着しました。子供がいます』

「子供?」

『やっと来たか、待ちくたびれたぞ。読みたくもないシリーズを読み切ってしまった』


マシュの通信機の映像に映し出された少年は、そんな言葉とともに本を閉じた。
三日前から人を死に至らしめる霧が立ちこめ、ソーホーでは人を昏睡させる謎の敵がいるというのに、少年はまったくもって動じていない。普通ではなかった。


「…なぁ、その少年、サーヴァントじゃないか」

『よく分かったな。俺はアンデルセン、しがない童話作家だ。戦闘力は皆無、戦闘要員が来るのをこうして待っていた。ちなみに住民を眠らせているのは「本」だ。魔本、と仮称しているが、今隣の部屋にいるぞ』

『はぁ?!もっと早く言えよな!』


モードレッドはすぐに隣の部屋にカチコミに行こうとしているが、少年がアンデルセンだったこともだいぶ驚きだ。
童話作家にしては毒のある口調だが。


「マスターの推測は正しいかもしれないな」

「そうだな。ゲーテとか出てきそうだ。それよりも、魔本とやらはいったいなんなんだ…?」


立香たちは狭い室内から魔本とやらを屋外へと誘導する。霧煙る通りに出た魔本と立香たちは、攻撃を開始した。
本当に空中に浮かぶのは本で、モードレッドの斬撃やマシュの盾を食らってもびくともしない。


「攻撃を食らったそばから回復してるわけじゃない。効いてない、わけでもないな。攻撃そのものが物理的に反映されてないのか…?」

「結界を張っているわけでもないね」

「…あぁ、そうか。固有結界か」

『っ!なるほど、固有結界ですか。では、非常に高位のサーヴァントでしょうか?』

「固有結界を展開できるサーヴァントなんてものが簡単に召喚されるわけない。幻霊の類いじゃないか。概念、と言った方が正しいか」

『なんだ、頭の切れるヤツがいるじゃないか』


すると、アンデルセンが隠れていた書店から出てくる。攻撃が通らない固有結界の本に対して、『その調子で正体を当ててみろ』と煽ってきた。アンデルセンは理解しているようだ。


「物語やフィクションに纏わる英霊が召喚されてるなら、物語そのものが概念のように召喚されてるのかもしれない。英国って場所を考慮すると、マザーグースとかか?」

『ほぼ正解だな。魔本はサーヴァントになりかけた固有結界、実体化するべく主人となる人間たちを昏睡させて回っている。持ち主を反映する代わりに自己を持たない存在。英国の伝統的な童話や民謡の総称。ナーサリー・ライム』


固有結界そのものがサーヴァントということだ。実体化前の姿として魔本になっており、実体化するために人々を眠らせている。
それは誰かのための物語。英国において古くから伝わる物語をマザーグースと呼ぶが、マザーグースや近現代の新しい童話も含めた、子供部屋で聞かせる物語の総称をナーサリー・ライムと呼ぶ。

アンデルセンがそう「名付けた」ことで、ついに魔本は実体化した。
現れたのは、まだ幼い少女だった。黒を基調とした子供服に身を包んだ少女は、周囲を見渡して「アリスはどこ…?」と迷子のような声を出した。
ここまで被害を出してしまった以上、ナーサリー・ライムを倒さなければ住民は目覚めない。苦しい戦いだが、立香はアマデウスを召喚し、その音楽による攻撃でナーサリー・ライムへのとどめを刺した。立香らしい判断だ。

ナーサリー・ライムを倒したことで、ようやくソーホーの問題も解決する。ここで一度、立香たちは戻ってくることになった。敵の情報と新しい仲間、両方を獲得して大きな前進となっただろう。


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