死界魔霧都市ロンドン−14


リモコンにあたる大きなロボットを倒した一同は、再びアパルトメントに戻ってきた。
これによってヘルタースケルターは稼働を停止し、当面の危険は去ったことで、いったん休憩となる。

仮眠を取る立香をよそに、基本的に休んでいた唯斗はジキルやロマニと今後のことを話し合う。
リモコンのロボットに刻印されていた名前、それはこの時代のいくらか前に亡くなったはずの科学者にして発明王のチャールズ・バベッジだった。首謀者のひとり、Bにあたるのではないかという結論に至っている。

一通り話し終えてから、唯斗はアーサーとともに宛がわれたソファーには行かず、玄関へと向かった。
外には出ないが、暗い廊下に出る。明るいリビングや書斎から離れて静かになると、ついてきたアーサーは口を開く。


「浮かない顔だね」


今回、唯斗をここに誘ったのはアーサーだった。話があると言われたため、唯斗はアーサーを暗がりのここに連れてきた形だ。
浮かない顔、それはそうだろう。この特異点でいよいよ、唯斗は理解した。


「…俺がいなくても、立香だけで特異点の修復はできる。俺は予備員だから、ある意味自然なことだろうけどな」

「結果論だろう。君がいるから、藤丸君も安心できるんじゃないかい」

「マシュやロマニのフォローは適切だ。確かに、同じ人間って立場は共通する。でも、アーサーだって分かるだろ。人間が人間であるだけで価値観をわかり合えるなら、戦争なんて起こらない。多分、俺と立香の距離よりも、立香と立香のサーヴァントたちの距離の方が近い。俺と立香は同じ人間だけど、それしか共通点はないんだ」

「……自信がなくなった?この特異点でうまく動けなくて」

「きっかけでしかない」


確かに、活躍できなくて忸怩たる思いはした。しかし、この魔霧は仕方ない問題だ。唯斗の至らなさによるものではない。


「今回の特異点で、俺がいなくても立香はやれると分かった。能力としてももちろんだけど、やっぱりあいつは、人に愛されるタイプの人間だから。立香だから、サーヴァントたちは力を貸すんだ。それは、魔術師にはきっとできない。人格が歪んだ人間ばっかりだしな。魔術師なんて」

「君は、自分を過小評価しすぎている」

「そうかもな。でも俺がなんだろうと、立香は一人でやれることに変わりないだろ」


じっとアーサーの青い瞳を見つめると、アーサーは口をつぐむ。唯斗が過小評価しているかどうかは別として、立香は一人でもうやっていける。
唯斗は、本当は最初から必要ではなかったのだ。


「きっと特異点Fのときから、本当は、立香は俺がいなくてもちゃんとやれたんだ。マシュだってそうだ」

「じゃあ、やめるのかい?」


アーサーは優しくそんなことを聞いてきた。分かって聞いているのだ。この特異点に来てから、アーサーはあまり喋っていない。唯斗が自分で自分の内面と向き合うのを見守ってきたのだろう。
始まりは、何も出来ない悔しさだった。それはやがて、滞りなく活動する立香を見るうちに、本来なら自分がいなくても立香はうまくやれるのだと、自分は最初から必要だったわけではないのだという理解に繋がった。
その自覚はある種の喪失感だ。生まれて初めて、自分が必要とされる居場所ができたという実感がまやかしだったのだという、そんな喪失感である。


「…俺はもう、必要じゃないんだろうな。でも、俺は必要とされてるからやってるんじゃない。やることは変わらない。ただちょっと…そうだな、初めて必要とされたことが、自分で思ったよりも、自分にとって大きいことだったみたいだ」

「うん。君は最初から、世界を元に戻しても自分に居場所がないことを分かっていながら頑張ってきた。僕はその強さが、素晴らしいと思っている。それは変わらないよ。でもひとつだけ訂正させてくれ」


そう言って、アーサーは唯斗の頭を優しく撫でた。いつもよりも、その手に込められた感情は多く豊かだった。
見上げると、アーサーはその瞳に雄弁に感情を込めているのが分かる。愛しいと、その感情が直接流れてくるようだった。


「…アーサー?」

「君は、必要な存在だよ。藤丸君もレディ・キリエライトも、カルデアのスタッフも、君の知識や誠実さに助けられている。何よりも、僕やディルムッド殿、サンソン殿もエミヤ殿も、君のサーヴァントとして現界できたことを、とても感謝している」

「…っ、」

「藤丸君たちが成長しているように、君も成長している。感情表現も豊かになったし、表情も変わるようになったし、笑顔も増えた。きっとグランドオーダーが終わる頃には、君は人間として大きく成長しているだろう。それが、僕はとても楽しみなんだ」

「……、きっと、そういうことを俺に言ってくれるのは、アーサーだけじゃないんだろうな」

「それが自覚できているかどうか、それはとても大事な違いだよ」


アーサーに言われて初めて気づいた。
唯斗は特異点でサーヴァントたちと接する中で、成長しているらしい。自分では気づかなかったことだが、すぐそばで見ていたアーサーは、それを見守ってくれていた。楽しみにしてくれていた。
そして、そういう存在は、もうアーサーだけではないのだ。


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