死界魔霧都市ロンドン−15
仮眠を取ってから、夕方になる前のことだった。
ジキルからの連絡によって再びヘルタースケルターの起動が確認され、立香たちはフランを連れてリモコンのロボットを探しに向かった。
唯斗とアーサーは周囲の索敵と哨戒にあたりながら通信を聞いていたが、どうやら今回は本体が現れたらしい。
すなわち、チャールズ・バベッジその人である。
バベッジは一度亡くなってからサーヴァントとして召喚され、狂化をかけられるような形でこのようなことをさせられていた。知り合いだというフランの言葉に一瞬こそ応えたバベッジだったが、黒幕Mによって強制的に思考を封じられ戦闘となってしまった。
どうやらMはメフィストのことではなかったらしい。
唯斗の応援は不要で、立香たちはバベッジを倒すことに成功。その際、本当の黒幕であるMの居場所がウェストミンスターエリアの地下だと明らかになった。
そうして唯斗はアーサーとともにウェストミンスターへと先行することになり、立香たちに先駆けて地下鉄のさらに地下奥深く、薄暗く湿った地下通路を歩いている。
狭い空間に、立香からの通信が入って反響する。
『唯斗、様子はどう?』
「相当深いな。100メートルは地下に潜ってるはずだ。魔霧の濃度もどんどん濃くなってる」
『唯斗君のマッピングを頼りに、立香君たちはまっすぐ行けるようこちらで案内するよ。それにしても、垂直方向ももちろん、かなり距離もあるね』
先行した唯斗はかなりの距離を歩き続けている。強化をかけているから休むことなく歩けているのだ。
後ろから来る立香たちはロマニがマッピングされたルートを頼りに案内するため、唯斗たちよりも早く移動できるはずである。
「それにしても、聖杯を原動力とする巨大魔霧生成装置、アングルボダ…科学と魔術の融合にしては、召喚した英霊はファンタジーなヤツばっかりだな」
『大層な名前つけやがって』
モードレッドが言う通り、アングルボダは北欧神話に出てくる女巨人のことだ。
魔霧計画は、どうやらこのアングルボダと呼ばれる装置によって魔霧をロンドンに充満させることを目的としているようで、これまでの聖杯がサーヴァントを召喚するという事象が霧から英霊が沸くという現象に変化してしまっていた。
その後さらに地下へと進んでいくと、いよいよ霧が濃くなった。ガスマスクのフィルターは機能しているが、これが外れてしまえば極めて危険な状態となる。
「…マスター、戦闘になったら必ず、いつもよりも下がるんだ。結界も重ね掛けするように」
「分かった。この濃度は…まずいな」
『唯斗大丈夫?マシュ、合流したら唯斗の方を優先して守って』
「いや、その必要はない。サーヴァントをすぐ近くに配置するから。それより、立香たちはそろそろ到着か?」
『はい、唯斗さん。あと10分ほどで追いつきます』
ロマニのアシストもあって、順調に追いついてきてくれた。
いよいよ目の前の階段の先には、これまでよりも遥かに濃度の高い魔霧が充満しているため、この先にアングルボダがあるのだと理解できた。
アーサーもこの濃度を懸念しており、唯斗のマスクが絶対に機能しなくなることがないよう、細心の注意を払っているようだ。
いったんその場に立ち止まって待てば、宣言通り10分で立香たちが追い付いた。マシュ、モードレッドの顔も含め、少し離れているだけなのに見えづらいほどの霧の濃さだ。
「俺たちでここからは先に行くから、唯斗は後ろね。そんなガスマスク、弱点ですって言ってるようなモンだし」
「…癪だけど、その通りだ。悪い、立香」
つい謝ると、立香は少し驚いたように目を丸くした。そしてにっこりと笑う。
「珍しく俺が唯斗のこと守れるって思ったら、なんかテンション上がってきた」
「そうですね先輩!唯斗さん、お任せを!普段頼り切りですが、この場は私たちが主導します!」
「よし、行くぞマシュ!」
「はい!」
立香とマシュは元気よく階段を降り始めた。
呆気に取られていると、モードレッドがニヤニヤとして唯斗を見遣る。
「後ろにいろよお姫様。男の方の父上が守ってくれるからよ」
「モードレッド…さぁ行こうマスター」
アーサーは、唯斗は立香たちにとって依然として必要な存在だと言ってくれた。
きっと立香なら、本当に危ないと思ったら唯斗をアパルトメントに残そうとしただろう。そうせず一緒に戦おうとしているのは、唯斗とともに戦場に立つことを求めているからだ。
「…モードレッドは後でしばく」
「はは、やってみな!」
唯斗はそれだけ言って、階段を一歩下りる。
アーサーと並んで先へと進んでいくその足取りは、不思議と軽かった。