死界魔霧都市ロンドン−20
早く移動しないと、ニコラ・テスラによって魔霧が活性化されれば、この距離だとギルガメッシュもまずい。
「…まったく、無様な姿を晒しおって」
ギルガメッシュはそう言って、地面に膝をついたまま動けない唯斗を抱き上げた。一応は負傷した右肩を憚ったのか、アーサーのように横抱きにしてくれるも、雑だし防具が当たって痛かった。体の左側に触れるギルガメッシュの体温は低い。
それでも、唯斗は右手を自身の腹に置いて腕が下がらないようにしつつ、血に濡れていく白い礼装を見て、運んでもらわなければならない状態である以上ありがたいと思えた。
そんな唯斗に、ニコラ・テスラが声をかける。すでに鎖からは解放されているが、追撃する気配はない。
「無様などであるものか、勇敢なる人の子よ。現在の私は些か気性を異にしているが、だ。本来私は人を愛する英霊でもある。故に、ただ一人立ち向かってきた君には伝えておこう」
ギルガメッシュの肩越しにニコラ・テスラを見ると、意外にも真摯な表情でこちらを見ていた。
「地上へ出た後にこの雷電が向かう先は魔霧の集積地帯、およそバッキンガム宮殿の上空だ。そこで私が雷電の一撃を加えることで、魔霧は真なる活性状態となってすべてを呑み込む。すべてだ。そう、正しく言葉通りに万象をだ!」
「声のやかましいヤツよな」
呆れたようなギルガメッシュだが、立ち止まって言葉を聞き届けようとしている。唯斗はぐったりとギルガメッシュに凭れつつ、ニコラ・テスラの言葉を聞いた。
「不衛生な文明を破壊し、大地の虚飾を剥がし、この島を不可侵の雷雲で焼き尽くす!この特異点を起点に、以後の人類の歴史は焼却されゆく定めとなる!だが、しかし!だ。だがもし君たちが諦めないのであれば、私を追うがいい。私を止めて見せろ、勇者たち!」
唯斗だけではない、立香やマシュのことも含めて言っている。もはや唯斗が戦えないことを理解しており、次に彼を追いかけるのが立香たちだということを念頭に置いているのだろう。
「新たな神話をもって新時代、新文明を築いたこの私、この新たなる雷の神と相対しようというのだ。ならば!更なる新たな神話の顕現をもって我が身を穿て!他に手はないぞ!」
「なんと傲慢な男か。自ら神を名乗るとは」
ギルガメッシュの呆れたような言葉は聞こえないフリをしたのか、高笑いしながらニコラ・テスラは通路の先へと進んでいった。だが、人類史に与えた影響を考えれば、その言葉はさほど誇張ではなかった。
「…神秘の薄れた近代で、たった一人で人理に与えた影響の大きさを考えれば、あながち間違いじゃない」
「貴様のような信仰する者がいる限り、英霊も神を傲慢にも名乗れるということか。王でもない者が生意気な」
「……ありがとう、ギルガメッシュ。助かった」
ギルガメッシュの荒い歩調に揺られながら礼を言うと、「しおらしくするんじゃない」となぜか窘められる。礼を言われるのが嫌なのかと思って見上げると、その深紅の瞳がこちらを見降ろしていた。
「脆弱な人間であるにも関わらず、なぜ一人で立ち向かった」
「一人でなんとかしようとしてたわけじゃない…サーヴァントを呼ぶ暇を与えられなかっただけだ…」
「負傷したときに諦めて撤退しても、ヤツは追撃しなかっただろうよ」
「だろうな…げほっ、でも、俺は諦めたくなかった。文明を進めてくれた彼に、文明を滅ぼす仕事をさせたくなかったんだ。っ、げほッ、あいつが願ってくれた、どんな暗闇も自ら照らせる今の時代を、なくさせたくなかった…」
徐々に意識が朦朧とし始める。圧倒的に血が足りていない。呼吸が浅くなってきたのが自分でもわかった。マスクがないことで、徐々に濃くなり始めた魔霧が肺に侵入して咳き込ませる。
「…まったく。敵性サーヴァント泣かせのヤツよな、貴様は」
「…?」
「よい。もうよい。寝ていろ。じきに、他の雑種たちも来るだろうよ」
存外優しい声を最後に、瞼が下がる。意識が遠のき、力が抜けていく。
ギルガメッシュの小さく笑う声が、聞こえた気がした。