死界魔霧都市ロンドン−23


しかしそれは杞憂だった。どうやら唯斗の最初の予想が正しかったようで、ソロモンはカルデアを滅ぼすつもりではなかった。
唯斗たちがアングルボダのあった地下深くに近づいたとき、一瞬にして恐ろしい気配が消失した。まるで最初からそんなものはなかったかのように、忽然と圧力が消えたのだ。


「立香!」


アングルボダの威容が聳える空洞にようやく到着し、声をかけると、立香がパッと顔を明るくして唯斗のところに駆けてくる。


「唯斗!よかった、怪我は平気!?」

「や、俺のことはいい。それより、さっきまでここにいたのは…」

「…うん。ソロモンだって」

「ったく、サボってんじゃねーぞ父上とそのマスター!!」


そんな唯斗たちに悪態をつくモードレッドは、正直その言葉通りで、彼らだけでソロモンと対峙させてしまったことは心苦しかった。


『唯斗君!バイタルで無事は分かっていたけれど、通信が繋がらなくなって気が気じゃなかったぞ!』

「悪い、ロマニ。説教はエミヤのが控えてるだろうから勘弁してくれ」

『むう…それはそうか。でも、きっと立香君も怒るぞ』

「当然でしょ!いつも俺には無茶するなって言うくせに!」

「…返す言葉もねぇわ」


怒る立香はもっともで、唯斗は言い返せない。だが立香も怒りが長続きする性格ではなく、「まあ無事でよかった」とすぐに表情を緩めた。

そんな唯斗たちに、マシュが盾に聖杯を片付けて声をかける。


「先輩、唯斗さん。時代の修復は、とりあえずは完了です。カルデアに退却しましょう」

「そうだね…モードレッド、本当にありがとう」

「あ?いいって!俺もこのままついていければいいが…特異点の修復で、きっと記憶も消えるんだろ」

「はい…」


毎度のことながら、特異点でともに戦ってくれた英霊との別れは寂しさのあるものだ。しかし、モードレッドはニヤリと笑った。


「ま、気にすんな!この俺だってロンディニウムを救えたんだ。お前らも、世界くらい救ってみろ!」

「モードレッド。君と戦えて、光栄だったよ」


そんなモードレッドに、アーサーはそう言った。様々な確執もあった二人だが、世界線が異なることで、程よい距離になっていた。

モードレッドはアーサーの言葉に、「当然だろ」と笑いつつ、その表情には嬉色も含まれているのがよく分かった。違う世界の二人ではあるが、このロンドンを救うために共闘する二人の姿があったという事実は、確かにカルデアの人々の記憶に刻まれただろう。

体が光に包まれ、重力が消えていく。埃っぽい地下空間の空気が感じられなくなり、モードレッドの不敵な笑みを最後に、次に目が覚めると管制室の天井になっていた。


「…あー…いってぇ……」

「マスター!!」


コフィンが開いて、急に痛みがぶり返したところへ、そんな声が響いた。体を起こせず視線だけやると、サンソンが走ってきていた。
コフィンのそばに駆けてきたサンソンは、唯斗の怪我の様子を瞬時に調べる。


「だいぶ治癒はされていますね…それでも、これはしばらく休んでいただかないと。お説教はエミヤが用意していますので、僕はとにかくあなたの治療に専念します」


これは厳しい入院生活になる、と思っていると、さらにディルムッドも駆け寄ってきた。サンソンの反対側からコフィンを覗き込み、その端正な顔いっぱいに心配を浮かべていた。


「マスター!我が主よ、こんな無茶を…!サンソン殿、マスターの容体は」

「1週間も休めば全快だ。僕はドクター・アーキマンと今後のことを話す。君が医務室へ連れて行ってくれ」

「了解した」


ディルムッドはそっと唯斗の体を抱き上げる。コフィンからようやく出ると、騒いでいるこちらをカルデアスタッフたちが苦笑しながら眺めていた。

アーサーも含め、実際にはだいぶ回復してギリギリ歩けることを知っている彼らは、サーヴァントたちが慌てふためいている人間っぽさがおかしいのだろう。ディルムッドに横抱きにされて、感情の死んだ表情をしている唯斗を、アーサーはにっこりと笑って見送る。


「諦めて全部受け止めるんだよ、マスター。お説教の後は僕が甘やかしてあげよう」

「アーサー王よ、その役目は俺が引き受ける。あなたはきちんとマスターと今回の反省をするべきだ」

「ディルムッド、僕が治療がてらマスターを甘やかすから君はお説教するといい」


バチッと視線がぶつかる3人を見て、ロマニが隅で笑っているのが見えたし、ダ・ヴィンチは思い切り笑っていた。入り口で呆れたようにしているのはエミヤとギルガメッシュだ。恐らくあの二人からは怒られるだろう。

第二特異点、第三特異点と、帰還後になぜかこうして衆目を浴びながら恥ずかしい思いをしている気がする。さすがに三度目ともなればもはや感情も死んでぐったりとする他ないが、その一方で、こうして人や英霊の笑顔のある場所がとてつもなく大切なものなのだと、唯斗は今回のレイシフトで自覚した。
それがとても大切なことだと教えてくれたのもまた、彼らだった。


165/460
prev next
back
表紙へ戻る