特異点F: 炎上汚染都市冬木−8


アーチャーだというのになぜか剣を持って近接戦を仕掛けてきたアーチャーに、マシュの盾は極めて有効だった。キャスターに近づけさせず、無事、アーチャーを撃破する。

これで残るはバーサーカーとセイバーだけだ。しかし、バーサーカーとは正面から戦うわけにはいかないため、洞窟を慎重に進み会敵を避けた。
そうして進むこと20分ほど、ようやくセイバーがいるという奥の手前までやってきた。キャスターは一度止まり、「ここが最後の休憩ポイントだがどうする?」と問いかけた。


「ここまで来たら戻るわけにはいかない。きちんと休んで、万全の状態でセイバーと戦おう」


立香はそう判断して、マシュと、通信からロマニも賛同した。元からあまり不安そうな表情を見せなかった立香だが、何も知らないわりに目の前のことに対処する力は人並み以上にはあるようで、その指示も采配もとてもよくできているように思う。


「ティータイムであれば紅茶を用意しますね、先輩」

「火炊くか?」


ロマニから送られた物資より紅茶を取り出したマシュに唯斗が聞くと、「お願いします、唯斗さん」と返ってくる。それにしてもなぜ立香を先輩と呼ぶのだろう、と内心で思ったのは一瞬で、すぐに興味をなくした。

唯斗は地面に腰を下ろしたメンバーの中央に向かって、左手を向けた。ライターなどを出すわけでもない唯斗に、マシュも立香も首を傾げた。


「唯斗、その左手…」

「魔術刻印よ。一族に伝わる秘儀ね。無防備にもほどがあるわ」


左手の甲に刻まれた魔法陣を見て、立香はしげしげと眺める。
オルガマリーは刻印を見える位置につけていることに憤慨した。当然だ、魔術協会は「神秘の秘匿」を第一義とする。魔術師たちが魔術によって研鑽しているのは、「根源」というすべての事象の始まりの追及であり、根源に至るには「多くの人間に知られていないこと」が重要になる。なぜなら、根源というものは、それに連なる事象が人類の共通認識になればなるほど遠ざかっていくものだからだ。
根源は渦に例えられる。渦の末端は最も人類に知られた共通認識、すなわち「常識」である。そして中央に行けば行くほど人に知られない「神秘」になっていく。


唯斗は魔力を左手の甲に込めて魔術式を展開させる。イメージするのは外で燃えている街路樹だ。


「…ヴィアン、」


そして一言そう言った途端、地面に焚火のように燃え盛る木の枝が何本も出現した。一気に炎の明かりに照らされ、立香とマシュが「おおお」と声を上げる。


「雨宮家とグロスヴァレ家は召喚術の家系です。そのサラブレッドなわけだから、本来ならば巨大な術式と長い詠唱が必要なところを、僅か2つの簡素なモーションで済ませているの…まったく、宝の持ち腐れだわ」

「それは褒めてんのか」

「そんなわけないでしょ!もっと隠しなさい!」


そうは言っても、日々ずっと手袋をするわけにもいかない。マシュが紅茶を沸かして用意すると、オルガマリーは怒りつつも受け取って息をついた。
そして隠し持っていたドライフルーツを取り出すと、立香とマシュ、唯斗にも配ってくれた。あまりこういう類のものは好きではない唯斗だったが、無碍にもできないため口に含む。意外とこういう場面だからか、悪くなかった。

すると、オルガマリーは立香を急に見つめ、口を開いたり閉じたりし始めた。何かを言いづらそうにしている。立香は「おかわりですか?」などと頓珍漢なことを言っていた。それを断ると、オルガマリーはようやく口を開いた。


「ここまでの働きは及第点です。あなたを一人前として認めます」

『どうしたんですか、なにか甘いものでも食べました?』


通信からロマニが意外そうにすると、オルガマリーは途端に冷えた声を出す。


「無駄口叩く暇があるなら補給物資でも送りなさい。本人は頑張ってるのに物資不足で失敗するなんて可哀想じゃない」


だがその言葉もロマニは意外だったようで、どうやら立香にそれなりに絆されたらしいオルガマリーに対して「少年少女の交流はいいものだね」などと言っていた。そういうことを言うからいつも怒られていたのだこの男は。
ロマニはさらに、少女というにはオルガマリーの年齢は、などと言いだしたため再びオルガマリーが火を噴くかと思われたが、意外にもマシュが否定した。


「所長には近しいものを感じます。親愛を覚えます」

「なに言ってるのあんた!?あんたたちなんて私の道具だって言ってるでしょう!?」


それにはさすがにオルガマリーも照れたようで、つんとしてそう答えた。その背後に突如として現れるフード姿。


「ほら見なさい、こんな黒っぽくて怪物っぽいのさえ頷いてるじゃない!…ってひゃあああ!?」


同意するように頷いていた怪物にようやくオルガマリーが悲鳴を上げたところで、唯斗は正面からその怪物に指先を向け、ガンドで撃ち抜いた。一撃で消失した敵に、至近弾を食らったオルガマリーは「危ないじゃない!」と憤慨する。
一方、見ていたキャスターはけらけらと笑った。


「相変わらずの威力だなぁ!」

「すごい、唯斗はほんとに実力のある魔術師って感じだ」

「一般人にはそう見えるだけだ」


これからセイバーとの対決だというのに緩んだ空気なのは、恐らく立香とマシュの空気感によるものだろう。少し呆れながら、唯斗は立ち上がって焚火に手をかざす。そろそろいいころ合いだろう。

今度は左手の平を向け、そこに刻まれた刻印に魔力を込める。


「ヴァズィ」


途端に焚火は消え、市街地のどこかに落ちたことだろう。
マジックでも見ているかのように、立香とマシュは興奮したように騒いだ。


「手の甲に物体を転移して持ってくる術式、手の平に物体を別の場所に転移させる術式があるのね…」


オルガマリーも興味深そうにしている。文字通り手のひら返しだろうか。


「……そんな騒ぐようなもんじゃない。フランス語で『来い(Viens)』『行け(Vas-y)』って言ってるだけだしな」


あくまで言葉はトリガーでしかなく、なんでもよかった。だから、唯斗はこの術式を刻まれたときにメインで使っていたフランス語で展開している。トリガーになるのなら、何語でもなんでもよい。


「それより、もうそろそろいいだろ。早く終わらせてカルデアに帰ろう。長居するような場所じゃないしな」


唯斗が言えば、ようやく立香たちも立ち上がる。キャスターも心得たように先頭に立った。いよいよだ。


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