孤独と孤独−1


これが夢だと分かってみる夢を明晰夢という。
高さ10メートル近い巨大な石が聳える空を見上げ、ぼんやりとその近くの草むらにしゃがむ自分は、どうやら6歳ごろの自分のようだった。身体の動きや基本的な感情は記憶に引きずられているが、視点だけは今の自分である。
ランスロットと故郷の話に興じたからだろうか、いわゆる初夢にあたる夢が、まさかの過去の夢となってしまったようだ。
これが子どもの頃の実際の記憶なのか、それともそうした記憶の集合体なのかまでは定かではない。ただ、あの頃過ごしていた日々に大した特徴量などなかったため、それが集合体であるかどうかは関係なかった。

ここはフランス北西部、ブルターニュ地域圏という自治体群に所属するイル=エ=ヴィレーヌ県の北部に位置する田舎町、ドル=ド=ブルターニュだ。
メンヒル・ド・シャン=ドランという古代ケルト文明の巨石遺構が残るほか、中世初期から続く修道院など歴史ある街である。

ブルターニュに数多く存在するメンヒルのうち、ドルのものは嘆きの地(シャン=ドラン)という名称がつけられている。
この地に伝わる伝説では、仲が悪く殺し合っていた兄弟の間を割くために空から降ってきたとも、この石は沈み続けており完全に地面に沈むと世界が滅びるとも言われている。

いずれにしても、このメンヒルが嘆きを象徴するものであることは、唯斗にとって親近感を抱かせるものであった。


「またいるぞ、グロスヴァレ家の孫息子」

「いつ見てもアジア人にしか見えないわ」


近くの道を通りかかった町の夫婦がそうフランス語で喋っているのが聞こえてくる。
屋敷に居場所がなかった唯斗は、ここでこうして時間を潰すことも少なくなく、誰にも邪魔されず、怒られず、疎まれないこの場所が好きだった。

泰然と空を突き刺すメンヒルを見ていると心が安らいだのだ。

今となれば、このメンヒルから多くの魔力を抽出してきたグロスヴァレ家の血筋であるため、自然と体内の魔力とメンヒルとが共鳴していたのだろうと分かる。
まるで、姿を見たこともない亡き母のようにすら思っていたのかもしれない。


「何してるの」


そこに落ちてくる冷え冷えとした声。伯母が現れ、唯斗は立ち上がる。
無言で伯母に連れられて道を歩きながら、今日は連れ戻されるのが早かったとぼんやり思う。何か虫の居所が悪かったのだろう。

屋敷の玄関ホールに入るなり、伯母は唯斗の頬を引っ叩き、床に突き飛ばす。擦り切れた赤いカーペットに尻餅をついて、薄暗いホールに立つ伯母を無言で見上げる。


「…ごめんなさ、」

「気持ち悪い!そんな発音で私に話しかけないで!まったく、町の人になんて言われるか!変な噂がたったらどうしてくれるんだい!?」


体裁をひどく気にする伯母は、外ではおしとやかで気のいい女性だが、家の中では人種差別を露骨にする人だ。肌に色がついている人間は二等人類だと思っている節がある。

むしろ学校では唯斗はグロスヴァレ家の名前に守られて、いじめには至っていない。なのに、家ではこうしてアジア人として差別的な言動を受けていた。
これでも発音はだいぶ綺麗になったのだ。学校で猛勉強して、なんとか会話が続くように。少しでも会話をして伯母とコミュニケーションを取って、お互いの理解が深まれば、少しは認めてくれるのではないか、成績で一番を取ったら話を聞いてくれるのではないか。
そう思って、唯斗は黙々と勉強に励んでいたのだ。

しかし伯母は学校側からの唯斗に対する評価など、一度たりとも関心を払ったことなどなかった。


「ただでさえ、学校であんたの成績が一番だから、町の人たちは余計に不気味がってる!気味の悪いアジア人がいきなり現れて成績の一番を取っていくんだから!」


いや、むしろ事態は悪化したのだ。
そういえば、と唯斗は夢の中で思い出す。これは、実際にあった出来事だ。成績で一番を取れば会話ができる、上達したフランス語も褒めてもらえる、そう思っていたのに、それは伯母にとっては悪材料でしかなかった。

きっと伯母は、何がどうあっても、唯斗という存在が疎ましかったのだ。


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