孤独と孤独−2
夢は続いて、瀟洒なフランスの屋敷から日本の邸宅へと場面を変えた。
木目の床に木の柱、畳や襖など和風の邸宅だ。その屋敷の居間で、唯斗はひとりで食事をしている。ちゃぶ台の上に並べられたデリバリーの鶏肉サラダを食べながら、渋いインスタントの緑茶を飲んでいる。机の端には、朝食として飲んだゼリー飲料のパックが無造作に置かれていた。
ドレッシングを大量にかけていたのは、どんなに食べても味が薄く感じていたからで、減りの早いドレッシングを脇に置いてプラスチックのフォークを鶏肉に突き刺した。
適当に食べたところで、机の上のものをドレッシング以外すべて袋に突っ込む。それを適当にキッチンに持っていくと、父が冷蔵庫から取り出したビールを持っていくところだった。
唯斗と目を合わすこともなく、無言で歩いて去っていく。唯斗もそんな父に関心を向けることはなかった。たまたま一緒にいるだけ、という関係よりもさらに希薄な間柄だったように思う。
唯斗は再び居間に戻ると、ランドセルから適当に教材やプリントを並べる。日本語が読めず赤いバツ印ばかりのテスト用紙を適当に丸めて燃えるゴミのゴミ箱に突っ込んでいき、授業参観のお知らせや三者面談のお知らせなどもすべて捨てていく。この家の固定電話からコードが抜かれて久しい。
学校関連のものを見たからだろうか、再び場面が切り替わり、学校の廊下に光景が変わった。明るい小学校の廊下は、職員室の近くで、背の低い視線で女性教師を見上げる。
「雨宮君、今ちょっといい?」
「はい」
「学校のプリントなんだけど、お父さんに渡しているかしら」
「はい」
「三者面談があるんだけど、お父さん、何か言ってた?」
「……」
「…、おうちにかけても電話が繋がらないのだけど、電話は壊れているの?」
「……」
「……雨宮君、困ったことや、嫌なことはない?」
「ありません」
「じゃあ、おうちにいるの、楽しい?」
「……」
勝手に動く唯斗の口は、確かにこのころの唯斗の口調そのものだった。
真面目で丁寧な敬語を喋っていたが、聞かれたことに対して機械的に答えるだけで、それも読み書きはあまり得意ではなかったため口語も文語調だった。漫画などが読めず、他の口語表現を再現できなかったのだ。
そして何より、家のことを聞かれると決まって口を閉ざした。何も言わなくなり、ただ、じっと相手を見つめるだけになる。
教師も児童福祉施設の職員も不気味がっていたのを覚えている。
唯斗の様子を恐らく学校は心配していたのだろう。よく役所や施設からスタッフが訪れていたが、ほとんど唯斗がまともな受け答えをしたことはなく、家のこと以外なら端的に答えたものの、家のことは固く何も言わなかった。
そう言いつけられていたことももちろんあるが、何よりも、面倒だったのだ。このとき、すでに父は狂ったように召喚術による死者蘇生術式を研究しており、それが明るみに出ると今の生活ができなくなる。唯斗は、いじめてくる伯母がいないこの生活がベストだと感じていた。幼いながら、金さえあれば生きていけることを知っていた。
そしてこの家には金があり、うるさい伯母もおらず、生きているのかどうか分からない父がいるだけで極めて楽な生活だったのである。それを、唯斗は理解していた。
この状態を果たして「生きている」と言っていいのか、そこまでは唯斗は考えていなかっただろう。だが、それ以上長く生きることも、その場で死んでしまうことも、どちらも意味のあることだと感じていなかったのは、確かだった。