孤独と孤独−3
この夢がいずれどこに行きつくのか、薄々分かっていた。
木目の板に描かれた術式を見て、唯斗は珍しくこわごわと父を見上げた。父は虚ろな眼差しで唯斗と術式を見ており、様々なものが乱雑に置かれた大きなデスクに立てかけられた写真立てに映る母を見て、初めて目元を緩めた。
術式の描かれたこの部屋は離れにあたり、母屋と現代建築の別邸の他にもう一つ建てられた小さな小屋のようなものだった。
この小屋に連れてこられたのはこれが初めてで、術式の上に置かれた母の骨壺を見て、何が行われるのか、そこで初めて理解した。
「お、父さん…?」
「始めようか、美紀子。待ってろ」
父はそう言うと、鋭利な包丁を取り出した。小屋に薄っすらと差す夕日に照らされたその包丁は鈍く輝き、とても料理の時にはしないような持ち方で強く柄を握る父に、唯斗は慄いて足を一歩後ろに下がらせる。
その直後、父は包丁を思い切り唯斗に向けて突き出してきた。唯斗は咄嗟に倒れるように避けたが、父は包丁をさらに乱暴に振り回し、唯斗の右の二の腕を抉るように突き刺した。
悲鳴も上げられず、唯斗はその衝撃で術式の上に倒れこむ。一気に流れ出す鮮血を見て、父は満足したのか、包丁を置いて術式に手をかざした。
生まれつき刻まれている唯斗の左手の魔術刻印が、共鳴して僅かに光る。そして術式も青白く輝き始めていた。
それを遮るように、唯斗の赤い血がダラダラと垂れ流されていく。焼けるように痛む感覚が鮮明に夢であっても感じられて、なぜか零れた涙を不思議に思ったのも覚えている。この期に及んで、なぜ涙を流すのか。痛みに対する生理反応だろうか。
このあと、術式は召喚術を限定的に発動して、転移しようとしていたアーサーが巻き込まれて現れるのだ。アーサーが現れればこの夢も終わるだろう。唯斗は久しぶりにまざまざと見せつけられた過去の記憶に、正直かなり心が折れそうだった。
思い出したくもない過去が、重く心に重りのようにのしかかるようだったのだ。
だから、早くアーサーに現れて欲しい。そう思っていた。
「いやぁ、ご期待に沿えず申し訳ないね」
「………は?」
思わずといったように唯斗の声が出てしまった。いや、その声が出ていたかは分からないが、それほどの衝撃だったのだ。
術式から現れたのは、白いローブに身を包んで、薄い紫色のグラデーションした髪を長々と靡かせた美青年だった。杖を片手に、術式から現れて膝をつくと、唯斗を至近距離で見つめる。
その声はひどくアーサーに似ていたが、まったく別人だ。
「こんな夢、いつまでも見ているものではないよ。私が覚めさせてあげよう」
そんな言葉を最後に、急に意識が浮上する。
次に目を開けると、そこは見慣れたカルデアの自室の天井だった。
「……なんなんだ、今の」
目をぱちぱちとさせながら思わず呟く。
時計を見るといつも起床する時間で、さらに今日はオフの日として指定されていたことも思い出す。嫌な休日の出だしとなってしまった。
そうしていつも通り、しばらくぼんやりとしてから私服のパーカーに着替え、のっそりと朝の支度を整えていると、扉がノックされる。
扉を開ければ、アーサーの端正な顔がこちらを見降ろしていた。
「…アーサーか。おはよ」
「おはよう、マスター。その…ちょっといいかい」
「あぁ」
アーサーを部屋に招き入れる。オフの日にアーサーが来ることは稀で、基本的にカルデア内ではあまりアーサーと一緒にいない。
「どうかしたのか?」
「…その、今日、君が見た夢についてなんだけど」
「…あー、ひょっとして、サーヴァントも共有してた感じか?」
唯斗がかつてサンソンの記憶を夢で見たように、マスターの記憶をサーヴァントが共有することもあるそうだ。今回、よりにもよって唯斗の夢がアーサーに共有されてしまったらしい。
「アーサーだけか、ってのは、分からないよな」
「うん、そればかりはね。多分、夢の強烈性が強いほど共有しやすいのだと思う。僕のほかにも共有していてもおかしくない」
アーサーが言うからにはそうなのだろう。こればかりは致し方ない。
かといって、特にどうこうするものでもなかった。
「まぁ、仕方ないだろ。どうしようもないし」
「…そうだね」
少しアーサーは心配そうにしていたが、ここでアーサーに頼ってしまえば、今日一日、唯斗は夢のことを思い出してしまう。さっさと気にしないように忘れてしまいたかった唯斗は、そうやって強引に話を切り上げて、朝食のために食堂へ向かうことにした。
見送ったアーサーはついてこなかった。正直その方がありがたかったし、アーサーもそれを分かってくれているのだろう。