孤独と孤独−5
食事を終えて図書館に向かおうと廊下を歩いていると、前方から逞しい腕を晒した美青年が姿を現した。
こちらを見てパッと表情を緩め、ディルムッドは唯斗の目の前に瞬時に駆けつけた。10メートルほどあったはずの距離を一瞬で詰められて面くらう。
「うお…どうしたディルムッド」
「あぁ、マスター、申し訳ありません。あなたの夢を私も垣間見てしまいました」
「あー、そっか。そのことな、悪いな、嫌なもの見せた」
「いえ!ですが、正直気が気でありませんでした。まさかあなたがあのような経験をしていたなど…」
ディルムッドはそう言うと、優しく唯斗を抱き締めた。正面から抱きこまれ、防具の消えた肩に鼻先が当たる。
後頭部を包むように大きな手の平が撫でて、温もりと清潔な匂いの中は心地が良い。
つい、その肩に顔を埋めるように唯斗からも抱き着くと、ディルムッドもより強く抱き締めた。
「…もしあの場に私がいたら、冷静さを保つことは難しかったでしょう。いえ、正直に言います。伯母上もお父上も、私が場に居合わせていれば手を上げてしまっていたかもしれません」
「でも、あの記憶だって全部、俺をつくるものだ。今の俺があるのは、あの夢で見たような過去の上だろ」
義憤にかられるディルムッドに言うと、ディルムッドは小さく笑う。さぞ愛しいという感情の籠められたそれが耳元を擽った。
「本当に、あなたはお強い、我が主よ。確かにおっしゃる通りです。しかしこのディルムッド、これからはあんな目には遭わせますまい。必ずお守りします」
「…そうだな、これからはお前らがいるな」
これはあくまで、グランドオーダーが終わるまでのことだ。
お互いそれを理解しているが、それでも、言葉にして相手に伝えることが無意味ではないのだと、唯斗はもう知っている。
ディルムッドと分かれて図書室に入ると、人気のない本棚の間に、最近やっと見慣れた白い布が揺れた。
こちらの気配に気づいたのか、本棚の間から端正な顔が現れる。
「…どうした雑種。あまり辛気臭い顔をしていないのだな?」
「……おかげさまでな。あんたにも共有してたか」
「まったく、朝から不愉快なものを見せおって」
「ふは、うん、悪いな」
思わず小さく笑ってしまうと、ギルガメッシュは意外そうな顔をした。そのキョトンとした顔を見上げる。
「あんなもの見せて悪い、って言って、ほかのサーヴァントはみんな否定する回答だったのに、あんたはしっかり不愉快って言うもんだから、おかしくて。ギルガメッシュに慰められるときは、なんかもう、誰か死んだときとかになりそう」
「貴様、言わせておけば不敬な」
「じゃあ違ったか?」
「認識に相違はないが悪意がある。からかってやろうというな」
「ふっ、それこそギルガメッシュには言われたくねぇだろ」
アーチャーの方と違って、こちらのギルガメッシュは基本的に静かだ。
唯斗の様子にため息をつくと、ギルガメッシュはそれ以上特に反論もなく、その金色の甲冑に覆われた指でこつんと唯斗の額を叩いた。
「いて、」
「やれ、『働かぬなら出て行け』だの『今の時代をなくさせたくなかった』だの言って敵と対峙する貴様からは、野菜が嫌いでたまに腑抜けた笑みを浮かべるときの貴様など想像もできんな」
ギルガメッシュが言うには、彼を召喚したときや、ニコラ・テスラと戦っていたときと比べて、今の唯斗は想像もできないらしい。唯斗はどういうことかと首をかしげていると、ギルガメッシュは呆れたようにしながら、背後に宝物庫のゲートを出現させて中からいつもの高級菓子を取り出す。
「今日は何にしてくれんの」
「ええい、厚かましいわ」
今度はデコピンを食らった。甲冑のついていない方の手だったことが優しさだろうか。
その手でギルガメッシュはクッキーを掴むと、唯斗の口に押し込んでくる。もう慣れたもので、強引なそれにもきちんと対応して口に含むことができるようになっていた。
「!なんだこのクッキー…」
「デ〇ルの生クッキーだ。金額もそうだが、流通量の観点からもレアなものだ。心して食うが良い」
「さんきゅ、うん、今まで食べたクッキーの中で一番うまい」
箱を受け取って食べていると、「それにしても」とギルガメッシュは言葉を続ける。
「貴様の夢だが、別に過去の出来事が不愉快だったのではない」
「…?」
「最後にあの男が出てきたことだ。まったく、斯様な場所の人間にまで干渉するとはとんだ貪欲さだ」
恐らく、アーサーの代わりに出てきたあの男のことだ。腕を組んで不快そうにするギルガメッシュも知っている相手のようだが、サーヴァントだったようだ。
サーヴァントであると分かれば、その正体を突き止めるのは難しくない。答え合わせには応じてくれないのか、ギルガメッシュは「あとは部屋で食えよ、ここは食事禁止だ」と言って去っていった。食わせたのはあんただろう、とは言わず、唯斗はおとなしく勉強に取り掛かることにする。
なんだかんだ、ギルガメッシュなりに気を遣ってくれたことが嬉しくて、もらった箱をそっと撫でた。