この時間の先に−1
本来の時間であれば2月に入って少しした頃、食堂でひとり食事をとっていると、正面におもむろに立香が座ってきた。
なぜか周囲の目を気にしながら座ると、内緒話のように声を潜める。
「ね、あのさ」
「どうした?」
「そろそろバレンタインじゃん?一応」
「…あぁ、そういやそんなんあったな」
「だからさ、俺、世話になってるサーヴァントたちにチョコ用意しようと思ってるんだけど」
「……っていう名目でマシュに渡すのをカモフラージュすんのか」
「なんでいつも鈍感なのにそういうとこだけ鋭いんだよ!」
小声で叫ぶという芸の細かいことをしながら若干顔を赤らめる立香に、唯斗は呆れながらも「で?」と続きを促す。何やら失礼なことを言われたがどうでもいいので黙殺する。
「…それでさ、俺はブーディカに教えてもらうつもりなんだけど、唯斗はどうする?」
「なんで俺も?」
「いやほら、俺のサーヴァントだけマスターから渡されて唯斗のサーヴァントは渡されないってなんか不公平感出ない?」
立香が言うことは理解できた。夏季休暇で他の社員はお土産を買ってきたのに自分は買ってこなかったら白い目で見られるのでは、というような一瞬の駆け引きのようなあれだろう。
「相手は英霊だぞ、そんなん気にするか」
「でも考えてみなよ。マリーとかから話を聞いてしゅんとするサンソンとか、俺が渡してるの見かけて分かりづらく気を落とすディルムッドとか」
「……絶妙に目に浮かぶところ挙げるなよ」
さすが、人付き合いという点では遥かに唯斗の上を行く立香である。
言われてみればその光景は実によく目に浮かぶ。逆に言えば、それ以外のメンバーは恐らく気にしないため、正直その二人だけとも言える。
カレーを食べていたスプーンを皿に置いて、唯斗はため息をつく。気づいてしまえば無視できないのだからたちが悪い。
「…他の国は知らねぇけど、フランスは恋人や夫婦で過ごす日だ。日本みたいなのは他に聞かない。変な勘違いさせないようにしろよ」
「そっくりそのまま返すよ。じゃあブーディカには二人分、指導願うよう頼んどくね」
特異点を旅するに従い、どんどん立香も遠慮がなくなったというか、唯斗に対して強く出るようになった。もともと唯斗とて立場の上下を意識したことなどなかったが、少し前は不安そうにこちらを見る機会も多かったというのに、今では真っすぐ前を見ている。
そんな立香に影響されたのか、話を聞いて今年は日本風にしようとでもなったのか、多国籍のカルデア職員たちも乗り気らしい。人間たちがどこか浮つき始めた中で、2月14日を迎えることになった。
***
「やっぱこれだけ作ると壮観だなぁ」
「ほんとにな」
厨房を借りてチョコレートを作っていた立香と唯斗は、一晩冷やしたものをバレンタイン当日に冷蔵庫から回収しに来ていた。
取り出したチョコレートは40個以上に上るが、大半は立香の作ったものだ。すでにブーディカには礼として昨日のうちに二人揃って渡している。
「あれ、唯斗、なんか数多くない?」
「あぁ、日ごろの感謝って名目だしな。考えてみればこういう改まった機会ってねぇし、どうせなら他に渡すかって思った」
「へぇ〜。誰に渡すの?」
自身のサーヴァント6人以上の数を袋に入れた唯斗に尋ねた立香に対して、唯斗は一つ手渡した。
「…へっ、」
「……まぁ、その、なんだ、世話になってる、から……あんま見んな」
押し付けるように立香に渡して、気恥ずかしさのあまり顔を逸らすと、唯斗が持っている袋に一つ押し込まれる。
見ると、立香が一つ唯斗の袋に入れたところで、立香も少し顔を赤くしていた。
「いや〜…唯斗にそんなことされると思わなくて…めっちゃ嬉しい、ありがと」
「…っ、くそ、やめろ照れるな」
「無理言うなって…!あー、俺もう渡してくる。唯斗もがんばってね」
「…あぁ」
男二人でどんな空気だこれは、と唯斗が耐えがたく思っていると、立香の方から切り上げてくれた。先に厨房を出て行く立香を見送ってから、唯斗もチョコ奉納行脚に出るか、と、重い足を踏み出した。