この時間の先に−2
袋を持って歩くことがなんだか恥ずかしく、思えばバレンタインなるものに託けた行動をすること自体初めてだ。探し回るのも嫌だったため、唯斗は事前に各サーヴァントを時間ごとに区切って呼び出している。
自室に戻ってみると、すでに扉の前に最初に呼んだ人物が待ってくれていた。
「悪いエミヤ、呼び出しておいて待たせたか」
「いや、なんとなく用件にあたりはついていたからな、ちょうど来たところだよ」
部屋に招き入れると、扉が閉まったところで袋から簡素なラッピングのされたチョコレートを手渡した。
「エミヤに作ったもの渡すとか、どうなんだろうと思ったけど、ブーディカに見てもらったから大丈夫だと思う」
「ありがとうマスター、厨房の様子からなんとなく分かっていたが、嬉しいものだな」
エミヤは微笑んで受け取ってくれた。
もともと日本にいたサーヴァントであるため、きちんとバレンタインの性質も理解しているようだ。
「大方、藤丸の方がサーヴァントに配るにあたってマスターに配慮したんだろう」
「完全にその通りだな。でも、うん、悪くない機会だった」
「ほう?マスターがそのようなことを言うとは」
「…改めて礼を言うって、なかなかないし、いつできる分からないし。こういうイベントってなんであるのか分からなかったけど、きちんとけじめをコミュニケーションの中でつけられるようにするためなんだな」
日本だけではなく各国に形は違えど似たようなイベントがある。日ごろのコミュニケーションではできない、気持ちを伝えるという行為のための行事なのだろう。
「…マスターとは第一特異点からの関係だが、変わったな。とても良い方向に」
「……そうか?」
エミヤはそう言って唯斗の頭をかき混ぜるように撫でてきた。唯斗が分かっていながらそう返すと、「そうだよ」と優しく返答される。
「…いつもありがとう、エミヤ」
「こちらこそだ、マスター。あまり無理はしないように。あぁそれから、」
エミヤは手を離すと、思い出したように言った。
「これから他のサーヴァントにも渡すんだろう。きちんと説明して誤解のないようにな。襲われたら私を呼ぶといい。それから、後ほどお返しを用意しよう」
「襲われ…まぁいい。てか、お返しとか別にいいのに」
「なに、サーヴァントたるもの、もらわれっぱなしというわけにもいくまい。後で渡しに来る」
「…ん、分かった」
襲うようなサーヴァントなどいないためとりあえず流しつつ、お返しをくれるというエミヤを見送る。今から用意するとなると、何かトレースするのだろうか。
今日は一日オフとなっているため、しばらく自室で待っていると、案外早くエミヤが戻ってきた。
扉を開けると、いつもの赤い肩衣がなくなっている。
「待たせたな」
「いや…なんだ、それ」
手に持っていたのは、ガチャガチャと鳴る箱だ。何が入っているのだろう。
部屋に入ったエミヤは、その箱を壁際のテーブルに置く。そのまま開くと、中から料理道具が一式顔を覗かせた。
「…一人暮らしするヤツみたいだな…」
「グランドオーダーが終われば元の生活に戻るかもしれないんだろう。それなら、自分でできることが多い方が君のためになる」
「ハードル高くねぇ…?」
「怪我をしそうになったらアラームを発するように作ったものだ、初心者でも安心だ」
どうやらエミヤが作ったもののようだ。ふと、フライパンやら鍋やらの道具たちを見ていると、うっすらと魔力を感じた。そして当然の帰結に思い至る。
そもそもこんなものをつくるような金属も鍛冶場もカルデアにはない。この短時間で作ったことからも、これはエミヤがトレースを応用したのだと分かる。
そこで初めて、なぜ肩衣がなくなっているのか気付いた。霊基を僅かに削ってこれを生成したのだ。
「っ、エミヤ、これ、」
「気にするな。人に贈り物をするのは久しぶりだったものだから、張り切ってしまった。俺の我儘のようなものだと思ってくれていいさ」
普段よりも柔和な笑みで言ったエミヤの言葉は、本当に「個人的な」感情に基づく行為なのだと十分に伝わった。あげたもの以上に返されてしまったが、当然拒否するわけにもいかない。なんと返せばいいのか分からなかったが、とりあえず、むき出しになった太い腕にそっと額をつけた。
「…何かあったら、フライパン触媒にして召喚する」
「フッ、そのときは君の料理の腕がどれほど上達したか品定めしよう」
ここまで強く霊基が反映された物品だ、これそのものが触媒として極めて高度なものになる。これを触媒にして召喚すれば、確実に、「このカルデアに来た」エミヤを召喚できるということである。
それを踏まえて応じてくれたエミヤの優しさは、包み込まれるような、そんな温かいものだった。