この時間の先に−4
続いて部屋にやってきたのはディルムッドだ。
どうやら事前に話を聞いていたらしい、扉を開けて中に招き入れるなり、バラの花束を渡された。
「うお…え、これ…」
「サンソン殿から用向きを伺っておりましたので、先んじてご用意した次第です。マスター、お受け取りください」
「ありがと…すげ、よく用意できたな」
「レイシフト先で得られた花の苗を、カルデアの屋内菜園で育てていると聞きまして。特別にお譲りいただいたのです」
ディルムッドが唯斗に渡したのは、白いバラの花束だ。つぼみのものも混じったそれは13本。
バラの花束は本数によっても意味が異なるため、色と本数で複雑な表現が可能だ。
「確か…13本は永遠の友情、とかだったか」
「その通りです。白いバラの花言葉は、もちろん恋愛に関するものもありますが、尊敬という意味合いも持っているのです」
「なるほどな、ありがとう。こんなもんもらって、手作りのチョコとか渡すの、なんか忍びねぇな」
苦笑して言うと、ディルムッドはふわりと微笑んで首を横に振る。
「とんでもない。あなたが作ったものを頂戴できるなど、恐悦の至り。花束で精一杯だった私をお許しください」
「そんな大げさな…」
唯斗はそう言ってくれるディルムッドに、冷蔵庫から取り出したチョコレートを渡す。
受け取ったディルムッドにしげしげと見られてしまい、気恥ずかしくなって、唯斗はベッドに座るよう促す。
並んで座ると、「それにしても、」とディルムッドが言った。
「今日という日は誰であれ、このような贈り物をすることが許される習いと聞きました。本当に良い時代になったものです」
「まぁ外は滅んでるんだけどな。俺も、ここで初めて知ったんだ。日々の何気ない会話じゃできない、改めて気持ちを伝えるための日だって。いつもありがとな、ディルムッド。つい、何かと呼び出しちゃうからさ」
「我が主に頼られることは、騎士として最高の誉。何より、私こそ、あなたのような素晴らしいマスターの下で戦えること、感謝してもしきれません」
左側に座っていたディルムッドは、そう言っておもむろに床に片膝をついて、ベッドに座る唯斗の正面に跪く姿勢になった。
「ディルムッド、」
「過去の現界の記憶は、私には定かではありませんが、良い結末ではなかったという印象だけがあります。そして、霊基に刻まれた私の『心』に、あのような後悔や怨恨が残っていたことは、きっとこの世界で初めて知ったのだと思います」
やたらと今回の現界を喜ぶ言葉をくれるディルムッドだが、やはり過去にサーヴァントとして契約した際には芳しくない結果を迎えたらしい。
以前、ディルムッドの深層心理に仮想レイシフトしたときも、ディルムッドが自身にあのような感情が置き去りにされていたことを自覚していなかったようで、この世界で初めて知ったというのは恐らく真実なのだろう。
「あなたは私を、最大限尊重してくださる。私の尊厳を常に守りながらも、しかしともに戦おうと仰ってくれた。あなたが私に示してくださる敬意は、きっとあなたの歴史に対する敬意であり、そして私自身に正面から向き合ってくださっているということでもあるのでしょう。あなたは御身を魔術師として未熟だと仰いますし、それは一定の事実なのかもしれませんが、しかし私には、あなた以上のマスターはおりません」
真摯な言葉の数々は、普段の唯斗を賞賛する騎士としての言葉というよりも、唯斗が言ったように、普段は言わないような感情を伝えるためのものだ。
正面からの真っすぐな言葉はさすがに照れくさく、唯斗は手に持っていた花束で少し顔を隠す。
「…なんつか、花束といい、その姿勢といい、プロポーズか何かみてぇだな……」
からかうわけではないが、ただ感謝を伝えあうというには厳かすぎる空気を変えようとした唯斗の言葉に、ディルムッドはキョトンとしてから、文字通り花の咲くような笑みを浮かべた。
そして、唯斗が持っていた花束から、バラを一本抜いた。
「え……」
「12本の白いバラの花束の意味は、ご存知でいらっしゃいますか」
「…、ダズンローズ…」
「ええ、その通りです。こちらをお渡ししてもよろしいのであれば、ぜひこの状態でお受け取りください、マスター」
「な、なに言って…」
立ち上がって中腰になったディルムッドは、座ったままの唯斗の肩をそっと正面から抱き寄せて囁く。熱の籠ったそれの意味が分からないほど、さすがに鈍感ではない。
ダズンローズ、プロポーズで渡す12本のバラの花束のことだ。白いバラのそれは永遠の愛を意味するものでもある。
「ふふ、今はあなたの方が赤いバラのようだ」
「ッ、お前な…!」
「さすがに婚姻関係とまではいきますまい。しかし、私のあなたへの敬意も愛も、永遠のものです。それだけは、ご承知おきください」
身体を離して、ディルムッドは抜き取った1本のバラを持ったまま踵を返す。
「そろそろ、ギルガメッシュ王の元へ行かれるのでしょう。この1本はチョコとともに私がいただいていきます」
「……マジで、ほんと、お前はそのチャームがなくても浮名で知られてただろうな」
「褒め言葉、として受け取っておきましょう。それでは失礼いたします」
普段は圧倒的に下手に出るディルムッドが、突然こうして大人の男の色気とともに積極的な言動をしてきて、唯斗は息も絶え絶えだった。あまりにもすべてが様になっていたディルムッドの格好良さを改めて実感してしまった唯斗だったが、これからどんな顔をして会えばいいのだろう、と、火照った顔をベッドシーツに押し付けて思った。
うっすらと、バラの清廉な香りが漂った気がした。