この時間の先に−5
ディルムッドに思わぬカウンターを食らって顔の熱が若干引かないまま、唯斗は呼び出すわけにも行かず部屋で待ってもらっているギルガメッシュのところに向かった。
部屋に招き入れてくれるだけでも、思ったよりも軟化した性格をしていると思う。アーチャーの方は依然として苛烈な様子を見せているが、あれはあれで扱いやすいと立香が言っていた。
そういう豪胆さは素直に羨ましいところだ。
「ギルガメッシュ、入ってもいいか」
「許す」
いつも通り、不遜な声が返ってきてから、唯斗は自動で開いた扉をくぐって中に入った。
「うお…内装が全然ちげぇ……」
なんと、ギルガメッシュの部屋はどこかの宮殿のように豪奢なものとなっており、王侯貴族のような天蓋付きのベッドに上等なシーツ、柔らかそうなクッションと一人だけまったく待遇が違った。
呆然と見ていたが、部屋の隅で起動するものを見て合点する。
「勝手にシミュレーションシステムをコピーしたのか…」
「ハードが余っているようだったのでな、有効活用してやったまでよ」
カルデアの人口が多いときは、シミュレーターの同時稼働数を維持するためにいくつかハードのストックがあった。活用されることなく今に至るが、それに最新のソフトをインストールしてこの部屋に使用しているようだ。
それにしても、ベッドやシーツは自前だろう。これも宝物庫にあったものだろうか。
「して、何用だ」
「あー…えと、ギルガメッシュはバレンタインって知ってるか」
「…あの凡英霊どもが騒いでおる、あれか」
「それだな。一応、その、立香たちが日ごろの感謝を改めて伝えるためって言うんで、便乗するらしかったから、俺も倣ってみた」
「ほう、王である我が下賜するより先に貢物を用意するとは、雑種のくせに生意気な。よかろう、奉納を許す」
意外にも乗り気で応じてくれたギルガメッシュに要求され、唯斗はギルガメッシュにチョコレートの入った袋を渡した。
「質が不安なら量で勝負しちゃえば?」というブーディカのアドバイスに応じて、他の英霊よりも多く袋に入っている。
「ふむ、大方ブリテンの女王あたりの入れ知恵だろう。よもやこの大きさのものを他の英霊にもこの量で渡しているわけでもあるまい」
「よくわかったな、エミヤたちには一回り小さい袋に入れて渡した。あんたがいつもくれるようなもの、とても作れねぇし」
「たわけ、質など端から期待しておらんわ。王との宴会を僅かばかりの時間で済まそうなど言語道断だという話だ」
ブーディカは、質を追求されたら他より量がある、という体裁で躱せばいいという趣旨だったのだろうが、ギルガメッシュは自分との時間に影響するという意味で量を求める姿勢だったようだ。
これもまた意外なことだったため、唯斗は驚いてベッドに泰然と座るギルガメッシュをまじまじと見つめてしまう。
「……なんだ」
「いや…立香ならともかく、俺みたいな口下手とよく一定の時間を過ごそうって気になるな。そういうのが王様ってもんなのか…」
「……貴様、…いや。いい。時間の無駄だ。そこに座れ」
何か言いかけたが途中でやめ、ギルガメッシュは近くのベッド端に座るよう促した。
示されたところに腰を下ろすと、宝物庫の扉を空中に開き、中から盃を取り出す。小ぶりなそれは、乳白色の表面に細部に至るまで文様が彫り込まれた豪華なもので、小さいながら精緻なつくりをしていた。
「すげぇ、アラバスターだよな。ウルクの大杯と同じか?」
「ほう、一目でそこまで分かるか。知識だけは一人前よな」
「それだけしかねぇから必死なんだろ」
アラバスターは古代から白い陶器や土器に使用されたもので、石膏などの亜種でもある。古代ウルクで作られた巨大な「ウルクの大杯」という土器と同じ材質だ。
「ウルクの大杯もギルガメッシュの所有物か?」
「この世の財はすべて我のものだ、愚問だな。そも、聖杯なるものの原点ともいえる代物だ」
「やっぱそうなのか。現代でちゃんと見つかってよかった」
「フン、愚かなものよ。人間とはいつの時代もな」
2003年の米国によるイラク侵攻によって、恐慌状態となった首都バグダードは略奪が発生し、イラク国立博物館に収蔵されていた数千点のメソポタミア文明の出土品が喪失した。ウルクの大杯もその一つだが、後に返還・修復され、現在もバグダードの国立博物館にある。
千里眼による未来視ができるギルガメッシュは、そのことも知っているようだ。
「愚かな歴史の積み重ねの上に、少しでも良い未来を願った結果がある。それを丸ごとなかったことにした魔術王とやらを、許すわけにはいかない」
「……まぁ、精々あがくことだ」