この時間の先に−7


ギルガメッシュの部屋から廊下に出たところで、アーラシュに下ろしてもらう。
自分で白い床に立つと、並んで唯斗の自室に歩き始めた。もともと、アーラシュはこのくらいの時間に部屋に呼んでいたのだ。


「あー…ありがとなアーラシュ、正直助かった」

「いいってことよ。俺としても、大事なマスターの貞操を守れてよかったぜ」

「…あのさ、今のこと、サンソンとかエミヤとかディルムッドとかには黙っててくれないか…?」


サンソンやエミヤに言われた直後にこれだ、さすがにいよいよ怒られる。
そっとアーラシュを伺い見るように見上げて言うと、アーラシュは苦笑した。


「はっはっは、いやぁ、マスターは見かけによらず、たまに年相応で可愛いとこあるよなぁ」

「は…?」

「そんな不安そうにしなくたって言わねぇさ。本気で焦っただろ?」

「……マジでダメかと思った。令呪使って行動を強制するのは、嫌だったから」

「魔術師にしては、サーヴァントに優しいタイプのマスターだな。お前さんも、もう一人のマスターも」


右手をぐっと握ると、アーラシュは隣で不思議そうに言った。聖杯戦争の参加経験があるアーラシュからすると、異質なマスターらしい。ディルムッドも同じようなことを言っていたし、エミヤもそうだ。


「俺を魔術師って呼んでいいのか微妙なくらい、基本的なことしかできないからな。何より…憧れた人たちに、無理やり言うこと聞かせたいとは思わない」

「…もう一人のマスターがサーヴァントを人として扱うから令呪を使わないのに対して、お前さんはサーヴァントに、というか英霊に憧れがあるから使わないってことか。道理で、カルデアがどの英霊にとっても居心地がいいわけだ」


アーラシュの言う通り、立香はサーヴァントも一人の人間のように扱うため、サーヴァントとしての能力を別にして基本的には対等に考えている。それが心地よく感じている者が多く、そうでなくともそれに嫌悪感を抱くような者もいない。
唯斗はよく知る英雄や歴史書の人物に対する憧れが、彼らを使い魔として使役することを忌避させる。

話すうちに自室について、アーラシュを招き入れる。アーサー同様、わりとカルデアやシミュレーターをふらついているため、こうして部屋にいることが新鮮だ。


「はい、これ。バレンタインは分かるか?」

「あぁ、サンソンに教えてもらったよ。それに…こうしてマスターにもらうことも、視ていたもんでな」

「そっか。こういうイベントには縁がなかったし、きっとカルデアを出たらもうやることもないだろうけど…改めて日ごろの感謝を伝える場ってのは、なんか、いいなって思った」


チョコを渡すと、アーラシュは微笑んで受け取ってくれた。それなりに現代の知識があるだけでなく、サンソンから事前情報を受けていたことや、自身の未来視もあったようだ。


「昨日視たばっかなもんだから、俺からも何か渡さなきゃならないと思っていろいろ考えたんだが、お前さんはあれだろ、前から用意してくれてたんだろ」

「そんな前ってほどでもねぇけどな。それに、別にお返しとかそういうのは…」

「渡さなきゃ気が済まねぇんだ、こっちが。まぁ、急だったからなんも用意できなくて、サンソンにアドバイスもらってやっとだ」

「アドバイス?」

「お返しで渡せるものが少ないのは自分も同じだっつって、そのうえで、だからと言って逃げる方が恥ずかしいぞって言われてな。確かにその通りだ。大したことはできんが、夜に食堂まで来てもらっていいか。迎えに行く」


意外にも、アーラシュはお返しが用意できないうちは唯斗と会わないようにしようかとも思っていたようだったが、サンソンに言われて用意できるもので間に合わせる方向に落ち着いたらしい。
この大英雄が本気で納得するようなものを渡される方が心苦しいため、むしろちょっとしたものに留めておいて欲しいところだ。


「…ありがとう、期待されたくないかもしれないけど、正直めっちゃ期待してる」

「はは、分かってんなら言うじゃねぇって」


このこの、とアーラシュに頭をぐりぐりとされる。じゃれるようなそれは今までサーヴァントとの間でなかった気安い距離感で、この男らしいものだと思った。


「騎士王さんも食堂使いたいって言ってたしな、ちょっと話合わせてみるか」

「アーサーも?あいつ料理できんのか…」

「もう少ししたら来るだろ、こっちで話はつけとく。あれだな、本命ってやつだな、マスター?」

「……?本命?」


次に来るのは、察しの通り最後に呼んだアーサーだ。それを本命と称したアーラシュの言葉に首をかしげると、アーラシュは「おっと口が滑った」と言って、誤魔化すようにニッコリと微笑んだ。


「じゃ、あとでなマスター」


これは聞き直しても聞いてくれないだろう。わざわざ追及するようなことでもないし、よく分からない言葉だったため、唯斗は放っておくことにした。
アーラシュを見送り、部屋に一人になる。アーサーが来るまでもう少し時間がある。あまり誰かを待つ、という経験がなかったため、なんだかそわそわとした気分になるのを感じた。


190/460
prev next
back
表紙へ戻る