この時間の先に−8
少ししてから、アーサーが部屋にやってきた。
立香が精力的にカルデアを歩き回り、噂を聞きつけたサーヴァントの方からもらいに行く例もあるようだが、唯斗はとりあえずこれで最後となる。
そしてアーサーも事前に知っていたようで、部屋に入るなり渡されたチョコレートには驚きを見せなかった。
「はいこれ、アーラシュとは話したか?」
「うん、キッチンのことで話をつけたよ。事前にサンソン殿から話を聞いていたこともあって、今日がバレンタインだと思いだした」
「サンソンが暗躍してるな…」
いろいろと根回ししてくれたサンソンは、アサシンらしい暗躍ぶりだった。それだけ唯斗から心労を取り除こうとしているのだろう。
本人は、そうそうたる唯斗のサーヴァントたちの中で自身の力が近代の英霊故至らないと言っていたが、こういう気の配り方はそれこそ近代人ならではと言えるかもしれない。
もちろん、サンソン本人の優しさもある。
「まさかマスターがバレンタインに乗るとは思わなかったよ。藤丸君の影響かい?」
「日常会話じゃあいつには勝てないな、言いくるめられた。でも、こういうのも悪くない。いつもありがとな」
「こちらこそだよ、マスター。食べてもいいかい?」
「え、ここで食うのか」
まさか目の前で食べられるとは。ギルガメッシュもそうだったが、あのときはそれどころではなかったため気にならなかった。
他のサーヴァントは順番があると知っていたため、各自で食べることを選んでくれた。つまり、まともに目の前で食べる提案をしたのはアーサーだけだ。
「おや、ダメだったかな」
「別に、いいけど…恥ずいな、それ」
「僕はとても嬉しいよ、ありがとう。今日の夕食はアーラシュ殿と準備するから楽しみにしていてくれ」
「アーサーって料理できるんだな」
「一応ね。まぁ、大雑把な味付けだと言われてしまったことがあるのだけど」
恐らく前の聖杯戦争で一通り覚えたのだろう。アーサーはその特異性によるものか、それとも英霊としての格によるものか、過去の現界の記憶が極めて明瞭だ。
とりあえず茶でも、と唯斗はお湯が維持されているケトルの置かれた棚に向かい、マリーにもらった紅茶を淹れる。サンソンほどではないが、これくらいは慣れた。
マグカップに紅茶を淹れてアーサーに手渡し、並ぶようにベッドに腰掛け、左側でチョコレート菓子を食べるアーサーの隣で手持ち無沙汰になる。
「とても美味しいよ、誰に習ったんだい?」
「ブーディカ。まぁ、溶かしてちょっと弄っただけ…いや、そういうのはブーディカにも失礼か。うん、ちゃんと教えてもらったしちゃんと作った、けど、その、俺わりと味音痴っつか、だから、」
「マスター、」
アーサーは黙らせるように、唯斗の口元にチョコレートを押し付けてきた。唇に当たる甘いものをそのまま受け入れると、アーサーの綺麗な指がチョコレートを押し込んでくる。
口の中に広がる程よい甘さのチョコレートの中には、ナッツの香ばしい固さが待っていた。
「ありがとうマスター、とても美味しいし、嬉しい」
「……それなら、よかった」
はっきりと返せず、誤魔化す様に紅茶を飲むと、アーサーは小さく笑って食べ進めていく。いつの間にかほとんどなくなっていた。
そういえば、アーサーは食べるときは際限なく食べられると聞いたことがある。あまり食堂にも寄り付かないため、真偽の程は知らないが、ランスロットたちがこちらの世界のアーサーは健啖家だったと言っていた。
そこでふと、そんなアーサーの他のサーヴァントに近づかない姿勢について報告を受けていたことを思い出す。