この時間の先に−10


「…まぁそりゃ、アーサーがみんなと仲良くしてくれたらその方がいいけど、普段からただでさえ頼り切りだし、別に、本当に好きにしていいんだからな」

「いや、僕も失礼なことはしたくないからね。それよりも、マスターが僕に頼り切り、というのは少し違うと思っているよ」

「…違う?」


左隣のアーサーは、唯斗の頬を撫でていた指で目元をなぞる。それに促されるようにその端正な顔を見上げると、アーサーは優しく微笑んだ。


「今だって君に諭された。君が覚悟を決めているのを見て、僕も応じるべきだと思った。ローマでも、君の覚悟に動かされたし、なによりも、ロンドンで君は僕を諫めてくれただろう」


第四特異点、最後にソロモンが出現した際に、逸るアーサーを唯斗は止めた。不安定な特異点を破壊しかねない戦闘ではなく、カルデアに帰還するための機会を窺うべきだと唯斗はアーサーに待機を指示したのだ。


「あのときマスターは言っただろう。人類悪たるビーストは、この世界の人類こそが倒すべきだと。異世界の僕だけに任せていいものではないと。その上で君は一緒に戦うことを許してくれた。あのとき、マスターの方がきちんと世界を、人類を見ているんだと僕は理解したんだ」

「…本当は、お前が異世界の人間だ、なんて言い方はあまりしたくない。疎外するようなことは言いたくなかった」

「君自身がそういう経験をしたからかい?」

「…いや、それもあるけど。単に、寂しいから、かもしれない。ぶっちゃけ、アーサーが本来はこの世界の人間じゃないって事実は、目をそらしていたいんだ」

「っ、君は…」


ぐっとアーサーは息を詰めると、おもむろに抱き締めてきた。ベッドの上で二人並び、アーサーの胸元に抱き込まれる。清潔な匂いに包まれて、意外と高めの体温が伝わってくる。
少し気恥ずかしいが、事実だ。アーサーがこの世界の人間ではないという事実は、いつか来る離別を強制的に思い起こさせて、嫌だった。
だから、あまり意識したくないし言いたくもなかったのだ。


「…僕は前のマスターに救われた。ブリテンの滅びない未来に固執していた僕を、そんな意味のない未来の妄想から解き放ってくれたのが、前のマスターだった。そして今、君は僕の隣に立ってくれている。サーヴァントたちの矜持を守りながら、一緒に戦おうとしてくれている。前のマスターが守るべき相手なら、今のマスターは、ともに戦う戦友だ」

「……アーサー王に戦友だと言われるなんて、世界中の騎士が羨む立場だな」

「どうだろう、サーヴァントとしては、むしろ僕の方が羨まれるかもしれない。君のサーヴァントになりたいと思うサーヴァントは多くいるだろう」


前のマスターは聖杯戦争でのマスターだ。つまり、マスターもサーヴァントも聖杯への願いがあった。アーサーの願いは、自身の統治の末に滅びたブリテンの滅びない未来だったらしい。しかしそんな過去への固執は、前のマスターによって払拭されたのだという。


「僕のいた世界線で起きた聖杯戦争では、一度目は僕のマスターが僕の願いのためにブリテンが滅びない歴史に書き換えようと、それこそソロモンのようなことをしようとして、そして、ビーストと化した。僕はそんな彼女を、この手で終わらせた」

「…ただの魔術師がビーストになるって、そんなん、もうただの人間じゃないだろ…」

「あぁ、彼女は特別だった。次の聖杯戦争でのマスターが、僕を過去から解き放ってくれた人物で、そのビーストと化したマスターの妹だった。再びビーストとして顕現した前のマスターを再度殺して、その聖杯戦争は終わった。二度にわたってビーストは、どうやら三度、僕の倒すべき相手だとして現れるらしい」


なんと数奇な運命だろう。姉妹のマスターに連続してサーヴァントとして従事することになり、姉の方はビーストと化して二度にわたって殺したのだという。
正直、ビーストを二度も倒したのであれば、グランドクラスのセイバーではないかとも思うし、恐らくアーサーはグランドクラスとして現界することが可能な格の英霊なのだと思う。


「二度の戦いで僕は誰しもを守るべき相手だと思っていたけれど、今は違う。第四特異点で君が教えてくれた。自分たち人類こそが倒すべき相手だと言いつつ、僕の戦いも尊重してくれた。僕は、そんな君の強さに、何度も何度もハッとさせられてきたんだ。君と戦いたい、戦えて良かったと、そう思う」


これまで二度のマスターとは、確かに異質だろうが、状況だって大きく違う。唯斗がそこまで特別なことを言ったりしたりしたわけではない。


「俺はそんな特別な人間じゃない。でも、そうだな。アーサーは殺し合いのための聖杯戦争は、似合わないだろ。こういう世界を守るための戦いの方がよっぽど向いてる。まぁ、みんなそうだと言えばそうだけど」

「マスター…」


唯斗は一度体を離し、至近距離でアーサーを見つめる。光の差し方によって、紺碧にも翡翠にも見える美しい瞳いっぱいに唯斗が映っていた。


「もしかしたら、お前の探すビーストと、ソロモンを名乗るビーストは違う存在かもしれない。いや、ビーストにも種類があるから、多分違うんだろう。このグランドオーダーの中で出会わないかもしれない。それでも俺は、グランドオーダーとは別に、アーサーの戦いにも協力できる限りで協力する。助けてくれたアーサーに、俺もちゃんと、返したい。サーヴァントはマスターがいて初めて本領を発揮するようにできてる。お前が必要としてくれる限り、俺は一緒に戦うよ」

「っ、ありがとう、マスター…!」


こんなに能動的になれる感情があるのかと、唯斗は自分でも驚きだった。それでも、紛れもなく本物の感情で、唯斗はそれが自身の中にあることが心地よく感じられた。

その後、アーサーはグラタンを、アーラシュはフムスを夕飯として振る舞ってくれた。
ギルガメッシュも、「今はこれで我慢せよ」と言って高級なチョコレートをこれでもかとお返しにくれた。今は、というのがどういうことか分からなかったが、うっかりアーラシュが口を滑らせてギルガメッシュに迫られていたことがサンソンに露呈して大変なことになりかけたせいで話は流れた。

残る特異点は3つ。今後どうなるのかなどとても分からないが、隣にアーサーが立ってくれること、それを求めてくれていることが、堪らなく心強い。
サーヴァントたちにも心から支えられて、世界が滅びて初めて、唯斗は自分が恵まれた環境にいるのだと思うことができたのだった。


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