北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナムI−7
「ッ、くそ、」
やはり速さはすさまじく、こちらの結界は意味を成さないし、マシュも間に合わない。アーサーはディルムッドのすぐ背後に迫っていたが、大仰な攻撃ができない位置であるため、間に合うかギリギリだろう。
唯斗は咄嗟に避けようとしたが、その前に、ディルムッドが唐突に動きを止めた。こちらに槍の切っ先を向けたまま、ぴたりと止まったのだ。
「……?」
「………なるほど。俺の霊基はそちらの俺とは異なるはずだが…座を介して僅かに影響するほどまで、俺の霊基はあなたを守ろうとしているらしい」
「は……嘘だろ、そんなこと、あり得るのか…?」
なんとディルムッドは、カルデアのディルムッドと座で記録を共有しているわけでもないのに、唯斗への攻撃を躊躇って動きを止めるほどの干渉を受けたらしい。そんなことがあり得るのか、と思っていると、アーサーが攻撃をやめようとしなかったため、ディルムッドはすぐに唯斗の前を離れて見守っていたフィンの隣に戻った。
「申し訳ありません、我が王。私の霊基にかの私の霊基から影響があったようです。いわば、霊基に刻まれた本能のレベルで、英霊の座が影響を受けているのでしょう」
「構わない、大方、深層心理へのアクセスでもあったんだろう。霊基にまで干渉を許すほど、そちらのディルムッドはマスターに心酔しているらしい」
フィンが言うとおり、唯斗はディルムッドの深層心理に疑似レイシフトしている。それが、ディルムッドの霊基そのものに影響を与えており、僅かにではあるが、特異点のディルムッドにまで影響を及ぼしたらしい。
「次は必ずや、その心臓を穿つ」
こんなことは、恐らくこの1回だけだ。ディルムッドは、次こそ迷わずに唯斗を攻撃するだろう。
追わなかったアーサーが唯斗の前に立ちはだかって代わりに答える。
「僕が守るからそれは諦めてくれ」
「アーサー王がいるのでは、少々分が悪い。それに…」
「む、怪我人の気配が…!」
「ナイチンゲールさん!?」
フィンは追撃しようとはしない。その理由は、どうやらすでに目的を果たしているかららしい。
ナイチンゲールが駆けだしたキャンプを見ると、回り込んでいたらしいケルト軍の兵士によって攻撃を受けていた。
フィンはおおらかに語りかける。
「この聖杯戦争は、字義通りの戦争なんだよ。彼らは名もなき戦士たち。ただただ戦い続ける比類なき怪物だ」
「っ、立香、詳しいことは分からないけど、アメリカ軍の全滅は時代の修復を不可能にする。聖杯とアメリカの存続、この二つがこの特異点での最大目標だ」
「そういうことか…!」
攻撃の気配がないとはいえ、ディルムッドたちに背を向けるわけにはいかない。しかし、キャンプは襲撃を受けている。
立香が迷った瞬間、フィンが突然警戒を強めた。直後、大きな声が響く。
「右翼、左翼、敵を包み込め!我々は中央突破を図るぞ!」
キャンプを襲うケルト軍に、三方面から分かれて攻撃を仕掛けるのは、また別の人間たちだ。指揮するのは、インディアンらしき人物。普通の人間には見えない。
「あれは…噂に聞くレジスタンスか……サーヴァントが増えたのであれば手の施しようがない。ここは退散だディルムッド。兵士たちに命令せよ」
「かしこまりました。しかし我が王、彼らは命令を聞くでしょうか?」
「うむ?しないのならしょうがないだろう。見捨てるまでだ。なに、気にするな。連中は女王を母体とする無限の生物。ここで数千失ったからといって困るものではない」
「…そうでしたな。では、我々だけでも撤退します」
ケルト軍とその将らしいフィン・ディルムッド、そして謎の機械化兵団とアメリカ独立軍、さらにはインディアンが率いる人間たち。この大陸は、レイシフトしてすぐの今この時点ですら、混沌としているのが理解できた。
動けずにいる唯斗に対して、ディルムッドはしっかりと見据えて口を開いた。
「そこの、別の俺を従えるマスターよ。くれぐれも注意することだ。俺の動きを本能で止めるほど霊基に影響しているなど、英霊として、さぞ強い感情を向けているのだろう。サーヴァントとして契約しているのなら、俺も騎士らしく振る舞っているだろうが…ケルトの騎士はあくまで戦士、油断していると食われるぞ。ではさらばだ」
ディルムッドに敬語以外で話しかけられるのは新鮮だが、その言葉に驚いた。礼節も忠節もあるディルムッドがそんなことをするとは思えなかったが、他ならぬ本人の言葉であり、実際に別の存在である特異点の霊基にまで影響していることを考えれば否定できなかった。
「留めておく」とだけ返して、ディルムッドとフィンが立ち去っていくのを見送る。それを、アーサーは呆れたように見ていた。