北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナムI−8
その後、キャンプに戻った頃にはあのインディアンたちは姿を消していて、なんとか持ちこたえたキャンプで一夜を明かした。
翌朝、早速ナイチンゲールとともに時代を狂わせる元を絶つ旅に出るため支度をし、ナイチンゲールが引き継ぎを追えて、早速キャンプを出発しようとしたときだった。
「お待ちなさいフローレンス。どこに行くつもり?軍隊において勝手な行動はそれだけで銃殺ものって知っていて?」
澄んだ声がかけられて振り返ると、数体のロボット兵を従えた少女が立っていた。右手に豪華な装丁の本を抱えた際どい格好の少女は、どう見てもサーヴァントだろう。
マシュ、立香も警戒して振り返り、アーサーは僅かに唯斗の前に出る。
「今すぐ治療に戻りなさい」
「…あなたこそ職場に戻りなさい。私の仕事はなにひとつ変わりません」
声をかけられたナイチンゲールが前に進み出て毅然と対峙する。どちらも迫力のある女性のため、緊張感が漂った。
「この兵士たちの根幹治療の手段が見つかりそうなので、それを探りに行くだけです」
「そうなの。もっともな理由ありがとう。でも、バーサーカーのあなたに行かせる訳にはいかないのよ。戦線が混乱したらどうするのよ」
だんだんと雲行きが怪しくなっていくため、唯斗はマシュと立香にひそひそと囁く。
「立香、マシュ、このままだと戦闘になる。ケルトはともかく、アメリカ側らしいロボット兵とこれ以上戦うわけにはいかない」
「そうだね、マシュ、仲裁できそう?」
「やってみます」
マシュはナイチンゲールの後ろから進み出ると、少女に向き合った。
「お、お話中失礼します!あなたもサーヴァントなのですか?」
「あなたも…ってまあ!サーヴァントがこんなに!よくってよ!ケルトの連中を撃退したと聞いて、まーたフローレンスが一人で暴れたのかと思っていたけれど。王様にはグッドニュースかしら?」
「王…?」
「あら、アメリカの現状を知らないの?今この国は、二つに分離して絶賛内戦中なの。一つは壊すしか能がない野蛮人。そしてもう一つが、あたしたちの王様が率いる、アメリカ西部合衆国。南北戦争ならぬ、東西戦争という訳よ」
『南北戦争で南軍が勝利していたら、なんてレベルではない事態というわけか…』
聞いていたロマニは、時代の狂い方が激しいことに頭を抱えているような声を出す。実際そうなのだろう。
そもそも南北戦争は1861年から1865年にかけて起きた米国の内戦であり、ずっと後の出来事だ。本来、1783年時点ではまだカリフォルニア州すら存在していない。
「あの、失礼ですがレディ。あなたのお名前は、いったい…」
「あら。フローレンスは一目で分かって、あたしは分からないの?」
「す、すみません…!ナイチンゲール女史は、とにかくわかりやすかったので…!」
「うそうそ、意地悪よ意地悪。ごめんなさい、我ながら大人げなかったわ」
いたずらっぽく笑った姿は少女然りとしているが、口調からは、というか英霊なら当然だが、それなりに年齢を感じる。
何よりも、手に持った本の装丁や胸元の金の飾りには見覚えがあった。
「セフィロトに王冠、仏法の輪に蛇、神智学の模様か…?」
「…驚いた。あなた、その年齢でそこまで分かるなんて、相当なオタクなの?あたしが言うのもあれだけど、一般的にはオカルトって言われるものでしょうに」
「ブラヴァツキー夫人か。こっちも驚きだ、まさかサーヴァントになるなんて。まぁ、カトリックでは既存宗教の男性性からの脱却を促進した、なんて語られ方することもあるしな。…いや、不躾に悪い。あなたは近代の貴婦人だ、礼がなってなかった」
「いいのよ、先に自己紹介もしなかったのはこちらも非礼だったもの。改めて、あたしはエレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー」
ロシア帝国の有力貴族の血を引く生まれで、19世紀後半に活躍した人物だ。その功績は神智学という一種の哲学の大成だが、一般的には現代オカルトやニューエイジ思想の原点とされる。
東西様々な宗教を切り貼りしたようなめちゃくちゃな思想だったが、それは極めて体系立ったものであり、当時からもちろん批判は多かったものの、論として一定の受容をされていた。
人類史にはそう刻まれているが、実際に魔術師として魔術協会から距離を置きつつ神秘学を編纂した人物だとロマニは語った。