特異点F: 炎上汚染都市冬木−13


唯斗の推測は概ね合っているようだったが、レフいわく「惜しい」らしい。恐らくその微細な違いにこの事態の根幹があるのだろう。
カルデアはカルデアスが発生させている磁場によって正しい時空から外れており、空間内の時間も進みがずれている。本来ならあと5か月で2016年に至るが、進み方が遅くなっているのだとすればもっと余裕はあるかもしれない。だがそもそも、この事態の解決にかかる時間が分からない以上、それが余裕と言えるのかも分からなかった。


『……そうでしたか。外部と連絡が取れないのは通信の故障ではなく、そもそも受け取る相手が消え去っていたのですね』

「ふん、やはり貴様は賢しいな。雨宮といい、真っ先に殺しておけなかったのが悔やまれるよ。だがそれも虚しい抵抗だ。カルデア内の時間が2015年を過ぎれば、そこもこの宇宙から消滅する。もはや誰にもこの結末は変えられない。なぜならこれは人類史による人類の否定だからだ」


レフがそこまで語ったところで、地面がぐらぐらと揺れ始めた。地震、というよりは、聖杯を回収したことによる空間の崩壊だろう。歴史の修正力によって、特異点Fは消失しようとしている。


「おっと、この特異点ももう限界か……セイバーめ、おとなしく従っていれば生き残らせてやったものを。聖杯を与えられながらこの時代を維持しようなどと、余計な手間を取らせてくれた。では、さらばだロマニ、マシュ、二人の適応者。このまま時空の歪みに呑み込まれるがいい。私も鬼じゃあない。最後の祈りくらいは許容しよう」


そう言って、レフは現れたときと同じように忽然と姿を消した。あとには崩壊を始めた時空だけが残る。
去り際の言葉から察するに、セイバーの目的は聖杯によってこの時代を維持することで、少しでも人類史が消失するのを遅らせようとしていたのかもしれない。「見られている」というのはレフのことだろうか。

いずれにしても、そんなことを考えている場合ではない。


「ドクター!至急レイシフトを実行してください!このままでは……!」

『分かってる!もう実行しているとも!でもごめん、そっちの崩壊の方が早いかもだ!そのときは諦めてそっちで何とかして欲しい!ほら、宇宙空間でも数十秒間なら生身でも平気らしいし!』

「すみません黙ってくださいドクター!怒りで冷静さを失いそうです!」


マシュが急き立てるが、ロマニはそんな調子だ。いったい何を言っているのか。さすがのマシュもキレており、それにびっくりしたのか立香も口を閉ざしていた。


『とにかく意識を強く持ってくれ!意味消失さえしなければサルベージは…』

「間に合わない…!」

「せめて、マシュだけでも…!」

「先輩、手を……」


地面が消える。天井も壁もなくなり、重力すら感じなくなっていく。間に合わないと判断したマシュは、立香に手を伸ばした。立香は立香でマシュだけでも助かって欲しいのか、それが口に出ていた。
まさか死に際に二人のそんな相思相愛ぶりを見せられるというのか、と思ったときだった。

目の前に突然、マシュが肩に乗せていた小動物が現れた。紫がかったリスのような動物は、姿を見せたり見せなかったりしており、唯斗は特にそのことに触れなかったが、今3人の前にいる。

直後、唯斗の意識もブラックアウトした。




ふと、水面に体が浮かび上がるかのように、意識が緩やかに目覚めた。
目を開けると照明の光が差し込んできて、明るさに目を細めてしまう。その狭い視界に、明るい髪色が飛び込んできた。


「お、目が覚めたね」

「…ドクター・ロマニがいるってことは、天国でも地獄でもなく、カルデアか」

「起き抜けによくそこまで含みのあることが言えたね…おはよう唯斗君、無事に目覚めてくれてよかった」


体を起こすと、ベッドサイドに座っていたロマニが本当にほっとしたようにしていた。通信越しに聞いていた声と同じ、軽薄と称される柔らかい声だ。


「……夢じゃ、ないんだな」

「君が今夢を見ていた可能性を排除して言うなら、そうだね」

「あんたはいつも、冗長な言い回しするよな」

「え、ごめん…」


医療セクションのロマニと会う機会は、訓練中それなりにあった。会話も初めてではなく、相変わらずの話し方に何の衒いもなく言ったが、ロマニは少し傷ついていた。そんなつもりではなかったが、正直どうでもよかったため時計を見遣った。誰にでもこうなのだ。唯斗という人間は。


「レイシフトから戻って、どれくらい経つ?」

「数時間。まだ立香君も寝ているよ。マシュは先ほど起きたと連絡があった。管制室に集合してもらうよう言ってあるから、僕たちも行こう。歩けるかい?」


唯斗は無言で頷くと、ベッドから降りて靴を履いた。ロマニも椅子から立ち上がると、連れ立って部屋を出る。唯斗の自室から少し歩くが、居住区画から管制室までの最短となる部屋でもあった。


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