北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナムII−16
デモインから車にして10時間の距離にあるデンバーに戻ってきたのは、出発から二日後の朝のことだった。
デンバーに戻ってくることになった理由は、デモイン近郊で出会った、19世紀後半の中国で活躍した武術家・李書文にある。
書文が生きていた19世紀末の中国は、4000年続いた帝政の末期という大動乱の中で、列強による略奪と中国国内の権力争いが平行して起こる混沌の亡国と化していた。そんな中にあって中国は、前近代的な武術と農村の密教めいた宗教的な教え、そして崩壊しゆく帝政中華の文化の残滓が、列強にもたらされた近代文明と融合や衝突を繰り返していた。
それは書文が生まれる直前に発生していた太平天国の乱が最も顕著であり、この内戦によって2000万人もの死者が発生したという世界史上最大の内乱となった。これは当時の世界人口の1.5%に相当する数だ。
20世紀になると同時に清朝は崩壊し帝政は終焉、中華民国が成立するが、この頃には書文は老齢ながら武術はさらに卓越していたとされる。
どうやら19世紀の人物たちが召喚されているらしいこの特異点では、書文も19世紀後半の若い姿で現界しているものの、それは肉体の全盛期であって武術の全盛期ではないようだった。それでも血気盛んであったため、すべての戦いが終わったのちにスカサハと一騎打ちするまではどこの勢力にも与さないという約束を取り交わした。
その書文に、エジソンは「病にかかっている」ように見えると指摘を受けたことでナイチンゲールが反応し、ちょうど事態の打開をしなければならなかったカルデアとしても利害が一致、再びデンバーに向かうことになったというわけだ。
スカサハは同行していないが、様子を見守ってくれはするらしい。
立香も唯斗も足に強化魔術をかけて、走れる限りは走って移動しつつ、大半は歩きづめとなった。アーサーは背負うことを提案してくれたが、さすがに応じるのも憚られて断った。
途中、ロビンフッドの機転によって機械化兵をくぐり抜けては来たが、要塞にはさすがに入れず、要塞の護衛からは正面から突破することになる。
ここをこうして突破するのは、最初に捕まった立香たちをジェロニモとともに助け出したとき以来だ。
そうして要塞に突入すると、すぐに廊下の前方にサーヴァントが見えた。誰もがそこにいることを分かっていたため、驚きはない。
「…やはり来たか」
「無論です、カルナ」
立ちはだかるのはカルナ、会敵するのは三度目だ。
ナイチンゲールは毅然と立ち向かい、全員立ち止まって様子を窺う。
「あなたも病人です。本来ここにいてはいけない人だ、望むものがあるというのに…僻地での療養をお勧めします」
「…お前の言うとおり、俺は病人なのだろう。忠実であろうとする病のな。望んだものをたちどころに見抜くのは、看護師という職業故か」
「いいえ、あなたが分かりやすいだけです」
たっぷりと間を開けてから、カルナは「そうか」とだけかろうじて答えた。
確かに、カルナはあらゆる意味で分かりやすく、英雄だ。
「……ご指摘感謝する。だがここを通すわけにはいかない。何しろ、あの発明王に助けを乞われたのだ。俺のような益体もない男に跪いてな。それに、エジソンは俺の知己によく似ている。かつて俺を友と呼んだ、ひとなつっこさ。放っておけない、というやつだ」
ふっと小さく微笑んだカルナに、全員驚く。朴念仁といった感じの男が浮かべる表情には見えなかったからだ。
マハーバーラタでカルナを引き入れたドゥリヨーダナか、もしくは過去に召喚されたマスターか、誰を意味するのかは分からないが、それは彼の中だけにあればいいものだろう。
「…さて、お喋りはここまでにしておこう」
「立香、ここは俺とアーサーで引き受ける」
隣の立香に言うと、一瞬驚いた顔をしてから、立香は頷いた。
ナイチンゲールとラーマ、ロビンフッド、エリザベートを連れて立香たちを先に行かせる。アーサーはすでに臨戦態勢で、カルナもアーサーを差し置いて立香たちを追えるとは思っていないらしい。