北米神話大戦イ・プルーリバス・ウナムII−25


見晴らしの良くなった平原と星空の下、李書文は息をつくと、槍をもって踵を返す。


「さて。こちらの役割も果たしたことだし、急いで片付けなければならぬ用事があるのでな。では、失礼」


李書文は早々にそう言って姿を消す。恐らく、スカサハとの約束だろう。スカサハは倒されたはずだが、もともと不死性のある英霊だ、どこかにいるのかもしれない。

エジソンとニコラ・テスラはどちらが魔神柱に決定打を与えたかという言い合いから殴り合いに発展し、ロビンフッドとエリザベートは呆れてそれを見守る。
ブラヴァツキーは楽しげにしながらも、それを見て微笑んだ。


「…二人とも、見ている方向は同じ。誰もが幸福であろうとする光景を望む者は、かつて剣を取らなければならなかった。その暴力がなければ、誰もが幸福になるはずもなかった。でもあの二人は知恵を絞った。それはつまり、人が少しずつ歩んできた、歴史の成果物そのもの。分かる?ベオウルフ。あなたたちに最初から勝ち目はなかったの。あなたたちより彼らの方が…幸福にした人間の数が、遥かに多いんだもの」


ブラヴァツキーは、隣に現れたベオウルフにそう告げた。ベオウルフは槍を肩に立てかけながら、達観したように返す。


「力の時代じゃないってことか。悲しいねぇ」

「そうかもしれないわね。華やかな英雄譚は消え去り、残ったのは地味で面白くもない…『名も知らぬ誰かを幸福にしよう』という情熱だけでひた走る賢人・変人たちなんだから」


エジソンもニコラ・テスラも、未知を既知に変え、人類に普遍的な幸福を与えるための発明をした。暗闇を照らし、誰もがチャンスを得られる社会がやってきた。
誰か1人の英雄が世界を牽引してきた時代は終わり、誰もが世界を前に進める力を得るようになった。それこそが、人類史の歩みであり、近代というものの功績であり、今を生きる唯斗たちの世界だ。


「…それでも、どんなに時代が進んでも、俺たち人間は、特別な存在に憧れる。自分にできないことを成し遂げたあなたたちに、敬意と憧憬を抱くんだ。俺たちは未来へ進むけど、あなたたちを忘れ去ることはしない。きっと、できない。人間なんていつの時代も、そう変わらないものだって、特異点を旅して知ったから分かる。だってあなたたち英雄は、いつの時代も、格好いいから」


唯斗がそう言うと、静かに聞いていたベオウルフは薄く笑い、乱雑に唯斗の頭を撫でて離れる。そんなに撫でやすい位置にあるというのか、唯斗の頭は。
ブラヴァツキーも小さく笑うと、わざわざアキレウスの戦車に一度乗って高い位置になってから唯斗の頭を撫で、乱れた髪をなおしてくれた。


「え、ちょ、なんだあんたら…」

「ふふ、次は立香か唯斗に召喚されることね」

「そうだな、そいつは楽しそうだ!」


ベオウルフはそう言って光とともに姿を消した。恐らく、すでにクー・フーリン・オルタも倒されようとしているのだろう。


「先にカルデアで待ってるぜ、マスター」

「あぁ、ありがとうアキレウス。何度も助けてもらったな」


ブラヴァツキーが戦車から降りて、宝具を消失させたアキレウスは、唯斗にそう快活に笑った。
思えば、ワシントンからここまで、アキレウスに何度も頼ってしまった。しかしアキレウスは首を横に振ると、おもむろに唯斗を抱き締めてきた。厚い体に包まれ、肩に鼻先が当たる。


「アキレウス…?」

「あんたがマスターで良かったぜ。あんたと人類史のために戦えることを、戦士として誇りに思う。いつでも頼ってくれ」

「っ、ありがとう…」


まさかアキレウスにそこまで言われるとは。
驚きとともに、胸にじんわりと温かいものが広がっていくような感覚になった。そう言ってもらえるようなことをした自覚もないが、アーサーも微笑んでいたため、きっと何か琴線に触れることがあったんだろう。

そうして一足先に戻ったアキレウスを見送ったところで、通信がようやく復旧する。どうやら立香たちも佳境のようだ。


『よくやった唯斗君!立香君!これで時代の修正が始まる。今回はあまりに犠牲が多かったけれど…それでも君たちは勝利した。胸を張って帰還してくれ』


ロマニがすべての戦いの終わりを告げる。魔神柱と化したクー・フーリン・オルタをも倒した立香たちは、ワシントンでの戦闘を完遂して聖杯を回収したようだ。これで、カルデアへのレイシフトが行われることになる。
ナイチンゲールたちに別れの挨拶ができずじまいだったが、またいつか会えるだろう。

ちょうど夜明けのようで、平原の東から眩い朝日が輝き始めていた。夜の暗闇は晴れていき、勝利の朝が始まろうとしている。


「…エリザベート」


唯斗は言おうと思っていたことを最後に伝えようと、エジソンたちを見るエリザベートに声をかける。ボロボロのアイドル衣装のまま、エリザベートはこちらを見上げる。


「当たり前だけど、俺はネロたちと生きて帰還できなかったことを、お前に後ろめたく思ったり、ましてや謝ったりしない。俺たちは全力で戦ったから」

「……ええ」

「でも……でも、悔しい。一緒に勝てなかったことが、本当に、悔しい。だから次はあんな負け方、絶対しねぇ。カルデアには立香のサーヴァントとしてあんたがいるから、今のあんたに言うことでもないのかもしれないけど…また、力を貸してくれ」

「…しょうがないわね。立香はまだまだ理想のマスターにはほど遠いし、あんたもあたしを差し置いて男たちにモテてるのが癪に障る子鹿だけど、認めてあげるわ。そういうまっすぐなところ、嫌いじゃないしね」


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