邪竜百年戦争オルレアンI−1
人理を取り戻すための戦い、冠位指定の作戦が始まった。
といっても、始まって特に何が起こるでもなく、実に1ヶ月の間は特異点の特定に費やされていた。1ヶ月間というのはあくまで本来の人類史における時間の流れであればの話であり、時間の進み方が狂ったカルデアではそこまで時間が経っていない。
内部の職員たちは、体に負荷がかからないよう、そして精神に異常をきたさないよう、本来の時間を維持して活動するようにしており、体感でも1ヶ月を過ごしたが、窓の外の景色は朝も夜もない暴風雪のままだった。
本来なら8月が終わるという頃、唯斗はロマニに呼び出されていた。
管制室にやってきた唯斗は、立香もマシュもいないのを見て、自分一人だけが呼ばれたのだと分かる。
「唯斗君、今日来てもらったのは他でもない、召喚をして欲しいからなんだ」
「あ、俺もするのか。まぁそりゃそうか」
「この1ヶ月、立香君には召喚と呼び出したサーヴァントとの訓練を、君には魔術師としての基礎訓練と防御訓練に徹してもらった。理由は…君は分かっていたかな」
「立香と二人で生存する確率を上げるためだろ。あいつに魔術覚えさせると、逃げる選択肢をすぐになくしそうだから」
立香は普通の人間だ。普通の人間だから、合理性よりも感情を優先してしまうこともあるし、当然間違える。特異点Fでも、レフに攻撃しなかったのはマシュを危険に晒す可能性を分かっていたからで、どうしようもない状況だと理解すればきちんと身の程をわきまえる選択がとれる。
だが魔術を覚えて自衛手段ができてしまうと、自分でできることがいたずらに増えることで逃げる選択がとれなくなってしまうかもしれない。それを危惧しているのは唯斗だけではなかった。
ロマニに自衛訓練をするよう言われたとき、そういう意図だとすぐに理解した。立香はサーヴァントに負んぶに抱っこくらいでちょうどいい。そして、立香のサーヴァントがきちんと立香だけに専念し、立香も自身とマシュだけを考えるようにするには、唯斗がある程度自衛手段を持つ必要がある。
「さすがだね。どうでもいいと言っても、やはり仕事となれば他人のことも顧みるか」
「まぁな。そこは安心してくれていい。で?自衛手段っつっても、所詮人間、対サーヴァント戦であれば俺もサーヴァントがいないときついから、召喚させるってとこか?」
「そういうこと。実は、すでに特異点へのレイシフトを来週あたりにも実行する予定でいる。君には召喚してからサーヴァントと合わせる期間が短くなってしまうけど、君なら大丈夫だろうと判断した」
「…召喚術に優れた家といっても、英霊なんて呼び出したこと…ないけどな」
一瞬アーサーのことを口に出しそうになったが押しとどめる。それにあれは召喚したうちにいれるべきではない。
これが初めての正式な召喚と契約になるのだから、大丈夫だと判断するには早計だ。
「召喚も英霊の同意が必要なのは知っての通り。この状況で応じてくれるんだ、きっといい人が来てくれるよ」
「…あんたのフォローは心に響かないな」
「君の言葉はよく刺さるなぁ」
慣れたようにロマニが笑う。まったく気にしていないだろうし、恐らく、あえて唯斗に毒を吐かせているような立ち回りをしている。そういうところは、やはり大人なのだと感じた。
「じゃあこれからやればいいんだよな。立ち会いは?」
「一応僕が立ち会うよ」
「ちなみに立香は何騎召喚した?」
「いやいや、一騎だけだよ。キャスターだけ」
立香はすでに召喚をしており、あの特異点で出会ったキャスターを呼び出していた。
特異点は正史から外れた異常な空間だ。そのため、そこで起きた事象はすべて記録されず、英霊たちも記憶に残らないらしい。キャスターもカルデアでは当然初めて会う反応だったはずだが、冬木での反応とそう変わらなかった。本質は変わらないということか。
「じゃあ行こうか」
「分かった」