生まれてきたことに−6
あれよあれよと宴会の場に様変わりした食堂に、じとりとした目で立香を見遣るが、立香は「俺とマシュはお酒飲まないインド組としっぽりしてるから」と言って唯斗をロビンフッドに押し付けた。
立香は本当に、マシュとアルジュナ、カルナとともに少し離れた席に行ってしまった。あれはあれで、他のサーヴァントと関わる機会があまりない唯斗への配慮でもあるのだろうし、来たばかりのサーヴァントであり酒を飲まないアルジュナとカルナを歓迎する意図でもあるのだろう。それはそれで大事なことだ。
「…つか俺も一応未成年なんだけど…?」
「まぁまぁ、あんたほぼフランス人なんでしょ?酒は緩いんじゃないですか、ここはどこの国でもないわけですし」
ロビンフッドは唯斗の肩を抱いて、一応は主役であるはずの唯斗を放って好き勝手飲み始めた集団に向かう。宴会になると決まってから実行までが早すぎる。エミヤたちも混ざりつつ、つまみを用意してやっていた。
「…別にいいけどな。でも俺酒弱いんだよな」
「お、そりゃいいこと聞きましたわ。お持ち帰りされないように気を付けた方がいいですよ」
「……なんだそれ、送り狼宣言かなんかかよ」
「そんな生優しい狼なんでほぼいねぇの、よく分かってますよねぇ?」
ニヤリとしたロビンフッドに、唯斗はため息をつく。確かに、英傑たちがそんな生優しいもので済ませるとは思えない。とはいえ唯斗は男だ、サンソンやディルムッドのような例が特殊なだけである。
久しぶりの飲酒というのも悪くない気がして、唯斗はそれなりに乗り気で宴会の輪に飛び込んだ。
***
「マスターあんた…今までよく無事だったな…」
アキレウスは、アタランテに呼ばれて参加した宴会にて、己の主である唯斗を膝の間に座らせていた。
左向きにアキレウスの上体に凭れている唯斗は、普段のきりりとした様子とは打って変わって、年相応の幼さ、というより、気を許しているが故の緩みを見せていた。
その様子は、正直いつもの様子とのギャップでくらりとするような可愛さと、なぜかそこは年不相応な色気を纏っている。雰囲気が妖しく見えてしまうのはアキレウスが汚れた大人だからなのか、それとも唯斗が欧州とアジアの混血であるがための、他とは違う趣の見た目の綺麗さをしているからなのか。
つい、今までよく食われなかったものだと感心してしまうと、左隣に座るディルムッドが「俺たちが目を光らせていたからな」と当然のように言った。「俺たち」とは、アキレウスが来る前からこの少年を守っていた、ディルムッドやサンソン、エミヤといった連中のことだろう。
とりわけこの3人は過保護だと思っていたが、なるほど確かに相応だ。
「しかし、まさか我が主が酔うとここまで愛らしくなられるとは。17歳というと大人と子供の境目特有の雰囲気があると言うが、これはその類ではないだろう」
酔った唯斗が、ディルムッドの肩に凭れてぼう、とし始めたあたりで、誰が見ても酔っていると理解できた。早々に女性陣が離れたところで女子会というにはドロドロした飲み方をして離脱していたため、この場にいる男たちは少々下品なこともアルコールに乗せて言うようになっていたし、唯斗の様子を見て当然、楽しそうにした。面白いことになったと目を輝かせていたアンデルセンは、酔いが醒めた唯斗にどのような言葉でこの痴態を伝えるか試行錯誤している。童話作家に自分の酔った場面を語られるなど地獄もいいところだ。
「本人が無自覚な上に、そもそもそういったことに耐性がなく、しかも普段の様子を知ってりゃ余計にクるわけだな」
普段、戦闘のときなどは特に、唯斗は極めて鋭利な雰囲気を纏っている。先日のオジマンディアスとの戦闘においても、冷静沈着な思考と判断だった。
いち早く神性を見抜いて編成を変更しつつも、固有結界に固有結界をぶつけ、さらにはそのための準備として天下のエクスカリバーを解放するという大胆な方法は、アキレウスだけでなくあのギルガメッシュですら満足そうにしていた。
特にアキレウスにとっては、アメリカでの戦いが初めての特異点だったわけだが、「自分たち人間が戦わずに、どうやって人理を後に繋ぐのか」とアルジュナに反論した唯斗を見て、召喚に応じて正解だったと深く思った。
立香もまっすぐで気のいい少年だが、唯斗の誠意と敬意は、自らをへりくだらせるものではなく、英霊たちを歴史そのものとして、歴史への敬意の上に立脚している。
オジマンディアスとの戦いの最後においても、ギルガメッシュの問いかけに対して、自分たち英霊が託した人理なら守りたいと思ったからだと答えた。それは英霊として、きっとこの上ない称賛の言葉だ。
そんな唯斗は、たまに年相応に感情を見せる場面はあったが、立香ほどの分かりやすいものではなく、なんならこれでも感情の発露が多くなった方らしい。
それが今、酒によってかなり気が緩み、普段からは考えられない様子を見せている。
「…アキレウス」
「ん、どうしたマスター」
「名前」
「ん?」
「名前で呼んでみてくんね。誕生日プレゼントと思ってさ」
すると、唯斗はそう言ってアキレウスを見上げた。その手に持ったグラスがそろそろ危うくなってきたため、ディルムッドがそっとそれを取り上げてテーブルに移す。
素直に甘えてくれると思っていなかったアキレウスは、こうして唯斗が甘えてきたことに、今日この場に来てよかったと思う。意外とガサツなアタランテは、そもそもこの場の理由を言わなかったため、唯斗の誕生日に託けたものだと思い当たらなければ来なかった。
「いいぜ、唯斗。かわいいな、おまえ」
「可愛いは余計だわ」
酔っているわりにはしっかりとした口ぶりだ。しかし思考のままならなさは酔っ払いのものである。
頭を撫でてやると、可愛いは余計だと言った割に嬉しそうに微笑んだ。あまり表情を緩めないこともあって、なおのこと可愛らしいと思ってしまう。
正直これは抱ける。そう思ってしまったのはアキレウスだけではないだろうし、テーブルの反対側で面白そうにしつつも、その目に徐々に欲を宿すキャスターやランスロットを見ても明らかだ。そろそろ潮時だろう。
「アーラシュ、交代な」
「…おー、了解」
すぐに意図を理解したアーラシュは、唯斗を抱き上げて立ち上がったアキレウスから唯斗を受け取り、代わりにアキレウスがいた席に座って唯斗を抱きかかえる。
一方、アキレウスは今日という日のトリであるべき人物を、唯斗の退席の口実がてら探しに行くことにした。
なぜ自分がその役目を引き受けないのかと言えば、二人きりになって手を出さない自信がなく、あの場に任せられる男もまたいなかったからだった。