生まれてきたことに−7
唯斗を受け取ったアーラシュは、席に座って、先ほどと同じように唯斗を膝の間に横向きに座らせた。右隣りにいるランサーの方を向かせていると、隙をついてキスのひとつでもされそうだったため、まだマシなディルムッドの方を向かせている。アキレウスもそういう判断だったのだろう。
「…?アキレウスがアーラシュになってる」
「ふは、ちげーぞマスター」
アーラシュが笑うと、さすがに冗談だったのか唯斗もくすくすと笑う。今日はよく笑っている様子が見られ、普段そういうところを滅多に見ないであろう立香のサーヴァントはひどく驚いていた。
唯斗のサーヴァントたちだって、そう頻繁に見られるものではないのだ。
今日は唯斗の誕生日に託けた会だったため、一応参加しておこうと思ったアーラシュだが、実はこういう飲み会には節目でしか参加しない。わりと一人でいることが多いのだ。
ただ、今日は参加して大正解だったらしい。
「なぁ、アーラシュも名前呼んでみてくんね?」
「おー、いいぞ。唯斗」
「アーラシュに名前呼ばれた」
そう嬉しそうに笑った唯斗は、アーラシュの胸板に擦り寄ってくる。防具を外していてよかった。あまり感情を動かさないアーラシュだが、さすがに普段とのギャップを強く見せつける主の姿にいろいろと揺れる。
一瞬、このまま部屋に連れて帰ろうかとすら思ったが、俊足のアキレウスが騎士王を呼んでくるであろうことから、すぐに考えを改める。あれは怒らせてはいけないタイプの優男だ。まだオジマンディアスを怒らせた方がマシである。
「お前さん、アメリカじゃあんな格好良かったのに、酔うとかわいいなァ」
「可愛くねぇ…てか、さすがにうざかったか、やっぱ。悪い」
すると、そういうところはやはり唯斗だ、体を離して途端に申し訳なさそうにした。どんな状態でも絶対に相手を尊重するためのラインを超えないのは、それだけ日ごろから、本心でサーヴァントたちに敬意を示してくれているからだろう。
もともと、出会ってすぐのシミュレーターで、「孤独同士、今回は肩を並べて戦おう」と言われたとき、柄にもなくアーラシュは嬉しいと感じてしまった。人間は等しく守るべき相手であり、ともに戦う相手ではなかったし、その孤独を特段寂しいと思うこともなかった。きっと、それは唯斗も理解していた。唯斗自身、そこまで孤独でいることをネガティブに捉えていなかった。あれは、アーラシュが孤独の英雄であるゆえんに敬意を示しつつ、マスターとして、ともに戦おうと覚悟を示してくれたのだ。同情でも共感でもない、あれは自身とアーラシュそれぞれの尊厳の在り方を、彼なりに表現してくれたものだった。
そしてあのアメリカで、アルジュナ相手に啖呵を切った唯斗を見たとき、アーラシュがのちの人類に託したものを、確かに受け取ってつなげようとしてくれている唯斗の覚悟を知って、今度こそ、心が動いた。
自分の生に意味を見出したかったわけでも、自分の死に価値をつけたかったわけでもなく、ただ「そうなるべくしてそうなった」だけのものだった。だがそれでも、大地を引き裂いて戦争を終わらせた自分がその裂け目の先に見ていた人理は、確かに受け継がれていた。それを知覚するには、アメリカでの一件はあまりに英霊として恵まれすぎていた。それくらいの出来事だったし、隣で同じく聞いていたアキレウスも、あの日以降、唯斗を特別視しているように感じた。
「…まさか。俺ァいつでも、お前さんを甘やかしてやりたくて仕方ねぇよ」
そんな強い唯斗が、ふとしたときに見せる心もとない感じや所在なさげな様子は、過去の経験から来る「良くない」孤独であり、アーラシュはそんな唯斗を見ると抱きしめたくなってしまう。大丈夫だと、受け入れられていい存在なのだと、全身で伝えたくなるのだ。
その衝動に任せて唯斗を改めて抱き締めると、それでもまだおずおずとアーラシュに抱き着いた。遠慮しなくていいと言ってやりたいが、とりあえず今は、唯斗が遠慮なく甘えられる存在が到着したようであるため、誕生日という特別な日の残りを任せることにした。
「ほら、セイバーが来たぞマスター」
「…アーサー?」
顔を上げた唯斗を見て、アキレウスに連れられたアーサーが表情を緩める。凛とした剣のごとき男である騎士王が、ひとりの少年にここまで心を許すとは思っていなかったアーラシュとしては、このまま二人が収まるべきところに収まって、この孤独な王が孤独でなくなる未来を迎えられればいいと思ってしまう。その道のりは二人にとって、特にマスターである唯斗にとっては過酷なものだろうが、そんな未来もあっていいと思うのだ。
「出ましたゾ〜!飲み会で彼氏が現れて『こんなイケメンと付き合ってるの?!』と驚かれる恒例のマウントイベント!」
黒髭が何か言っているがアーサーは黙殺し、アーラシュから受け取った唯斗を抱き上げる。
「部屋に戻ろうかマスター」
「アーサーだ」
今日一番の嬉しそうな笑みを見せた唯斗に、アーサーは慌ててその顔を隠す様に抱き締める。あからさまに周囲から隠そうとする姿を見て、面白くなさそうにロビンフッドが声をかけた。
「騎士王さんは送り狼にはなりませんよねぇ〜?」
「君はジョン王以外にもあたりが強いのかい?心配せずとも、私は常に紳士だからね」
効いていない様子に、イングランドの王であるというだけで反目するロビンフッドはケッと小さく毒づいた。しかし、言葉通り、アーサーは無事に唯斗を部屋に連れて行き寝かしつけるだろう。
少しくらい肩の力を抜いたほうが関係が前に進むのではと思ったが、さすがにそれ以上は無粋だろう。アーラシュはいつも通り、飄々と笑ってアーサーを見送った。