生まれてきたことに−8
アーサーに抱えられ、自室のベッドの端でアーサーに後ろから抱きこまれるようにして腰を下ろしたあたりから、徐々に頭は冷静さを取り戻していき、背中から伝わる温もりと、優しく抱き締める腕、清潔で落ち着く匂いを次第に知覚するようになっていく。
やがてそれは、とんでもない痴態を晒してしまったという後悔と羞恥心に変わっていった。
「……やべぇ、死にたくなってきた」
「マスターは酔うのが早いけれど、覚めるのも早いね」
「…俺は……いったい何を……」
思い返せば、何やらアキレウスやアーラシュに抱き着いていたし、しかもその状態でとんでもないお願いをしていなかっただろうか。
「…名前で呼んでみてくれ…?馬鹿なのか俺は…きっつ…いやきっつ…」
「アキレウス殿から『とても可愛いことになっている』と聞かされて急いで駆け付けたのだけど、少し遅かったかな」
「ヴッ……!」
恥ずかしさに悶えていると、からかうようなアーサーの言葉が追い打ちとなり、唯斗は呻いてアーサーの腕に目元を押し付けた。
「…アーサー、今から食堂の奴らにエクスカリバー解放して記憶飛ばしてきてくれるか?」
「残念だけど、さすがに承認が下りないかな」
アーサーのエクスカリバーにかけられた13の拘束は、円卓の議決によって解放される。それは、世界を救うための戦いでのみ使用されなければならない。
先日のオジマンディアスとの一戦を含め、特異点でこの13の拘束を外したことはなく、基本的にはアーサー自身による13番目の拘束だけを外すか、そもそも拘束をつけたままの限定的な解放に留めるかでの使用例しかなかった。
そんなことは当然分かっているが、八つ当たりのように唯斗は背中から思い切り凭れた。
アーサーの体幹はそんなことで揺らぐはずもなく、ただアーサーの上体に背中を押し付けただけとなる。それが甘えているようにでも見えたのか、アーサーは頭を撫でてきて、ただでさえ死にたくなっている唯斗はその手を軽くつねってやった。
「八つ当たりかい?」
「悪いか」
「まさか。君からなら嬉しいよ」
またからかっているのかと思えば、見上げた翡翠の瞳は優し気で、本気でそう思っているのだと理解する。
ディルムッドたちといい、いくらなんでも許しすぎだろう。先ほどだってそうだった。
「…ほんと、よく俺相手にそこまで許してくれるよな。普通嫌だろ、こんな接触、同性だし。ディルムッドとサンソンはまぁ…別として。アキレウスもアーラシュも、よく我慢してくれてるな」
そう言うと、アーサーは少しだけ困ったようにしてから、唯斗の目を覗き込む。話を聞け、という合図だ。
「それを彼らの前で言わないようにね」
「…?」
「マスターだからだよ。もともとサーヴァントはマスターに対してそれなりに好意的に感じるのが普通だし、彼らのようなサーヴァントはとりわけそうだけど、同時に、君がよく知っての通り、彼らは偉大な英雄だ」
「あぁ、そりゃもちろん、分かってる」
「そんな彼らが君にそこまで許しているんだ。その感情の大きさを、正しく理解しないといけないし、理解できないのなら、少なくとも過小評価だけはしてはいけないよ」
歴史に名を残した英傑、特に古代の人物であるアキレウスやアーラシュはその「英雄」としての性質が極めて強い。そんな彼らが、唯斗をあそこまで受け入れている。その意味を理解しろということだ。
「今さっき君が言ったことを、アーチャーやアキレウス殿に言ったら最後、彼らは自身の感情の強さを君に理解させようとするだろう。ここで」
わざとアーサーはベッドに力を込めて拳を押し付け、ぎしりと鳴らす。その意味を理解した唯斗は、かつてサンソンが忠告したことが危うく現実になりかける自分の失言にようやく気付いた。
「……気を付ける」
「そうだね。それにしても、マスターはオケアノスで酔っ払ったときは僕に対してそこまでならなかっただろう。彼らだと恥ずかしいのかい?」
唯斗がきちんと理解したことを察して、アーサーは話題を変えた。
確かに、第三特異点でドレイクに酔わされたときも、アーサーに対して相当にくっついていた気がするが、あのあと特段恥ずかしくは思わなかった。
「そりゃ、アーサーは特別、だ、し………」
自分からなんの臆面もなく触れられるのは、意識してのことであればアーサーだけだ。それを思わず口にしてしまい、つい先ほど自戒したばかりなのに迂闊な自分の口を呪った。
「……本当に、マスター、君は、喋る前に気を付けることだ。気を許すと口が緩んでしまう、そんなコミュニケーション能力のなさも愛らしいけれど、そろそろ本当に何をされるか分からないからね」
「マジで気を付ける……」
そのまますぐ、アーサーも
ベッドで唯斗に対して何かしようと思うのか、と尋ねようとして、それも口をつぐむべきだとすぐに理解してなんとか堪えた。
アーサーが無体を働くとは到底思えないが、単純に、これは超えてはならないラインのものだと、本能で理解したのだろう。
何も言わず、唯斗は再びアーサーに凭れて、そのまま目を閉じた。