生まれてきたことに−9


誕生日の騒ぎからしばらく経った6月末、唯斗は訓練の休憩中にふと思い立って立香とマシュに誕生日を聞いたところ、二人の誕生日が思いのほか近く、何かするべきか悩んでいた。

立香の誕生日は7月27日、マシュは7月30日と非常に近かったが、すでに第六特異点へのレイシフトが7月25日に決まっていたこともあり、タイミングを計りかねている。
ただ、何もしない、ということに対してどこか気が咎めるような感じがして、唯斗は思い立ったが吉日というもので、立香たちから誕生日を聞いたその足でロマニのところへ向かっていた。


「ロマニ、今いいか」

「唯斗君か」


管制室に行くと、いつもの所長席にロマニが座っている。話があると告げると、「ちょうどいい」とロマニは頷いた。


「僕も用事があったんだ。場所を変えよう」


ロマニはすぐに立ち上がると、唯斗を伴って階段を下り、ダ・ヴィンチの工房に入る。


「失礼するよダ・ヴィンチ」

「はいよ〜」


特に気にした様子もなく、ダ・ヴィンチの工房にロマニと入る。わざわざ場所を変えるということは、マシュの件だろう。


「話ってなんだい?」

「…プライベートなことだから後でいい。先にロマニの用事を聞く」

「ありがとう、君のそういうところにはいつも助けられてるよ」


ロマニは苦笑する。こちらの意図に気付いているのだろう。

そうして、ダ・ヴィンチもこちらの話題に気付いたのか、椅子を用意してやってくる。唯斗たちの分は用意していないあたりさすがだ。特に気にせず、ロマニは口を開いた。


「察しての通り、マシュのことだ。先日倒れたときは、マスターである立香君優先で話をして、君に話をするかどうかは検討していたんだ。話すにしても、君は立香君と違って以前からカルデアにいたしね」

「っつっても、マシュとはほとんど話したことなかったけどな」

「うん、それで僕とダ・ヴィンチも、立香君と同じ程度話しても差し支えないだろうという結論に至った。あとはタイミングを見計らっていたんだ」

「……第五特異点、最後のクー・フーリン・オルタとの戦闘がかなり激しいものだったのは記録を見て知ってる。デミ・サーヴァントとして、問題が起きたのか」

「極めて大まかな言い方であればそれで正しい。ただ、それだけではないんだ」


そうしてロマニは、マシュの出生にについて語った。

もともとカルデアでは、デミ・サーヴァント実験のために、人工授精によるデザイナーベビーの実験も行っていた。
遺伝子を特殊な酵素によって部分的に切り取り、他の遺伝子と組み替えることによって主に行われる、ゲノム編集の応用である。
21世紀初頭にヒトゲノムの完全解読が行われたあと、そのゲノムを編集することによって新生児をデザインすることが、理論上可能になった。もちろん、倫理的に大きな問題があるとして、世界的に規制される動きがあり、原則として禁止されている科学実験と考えられている。

カルデアのデザインは、英霊との融合に適した高度な魔術回路と、無垢な人格を持つこと。後者は後天的なものとして、前者は卓越したカルデアの技術によって成功している。魔術の世界ではホムンクルスがよく知られていることから、ゲノム編集にも躊躇いがなかったのだろう。

マシュはそうして生み出された存在であり、満を持して2010年、英霊融合実験が行われた。それは部分的に成功したが、中の英霊は融合を拒絶。自身の退去がマシュの死を意味することから、退去せずにいるものの、融合もせず、それ以来ずっと沈黙していたのだという。
それが召喚例第2号である。その正体が円卓の騎士・ギャラハッドであることを唯斗は知っているが、それは黙っておいた。
いずれにせよ、伝説上のギャラハッドの逸話を考えれば、この話も納得だった。


「…愚かだな。英霊が人間との融合になんて応じるはずがない。カルデアに文系はいなかったのか?」

「甘んじて受け入れよう。僕がカルデアに来て少ししてから、僕はこのプロジェクトを知った。そしてマシュと出会って、すべての責任を引き継いだ。それは僕自身の罪ではないのかもしれないが、大人として、等しく彼女に対して背負うべきものだと考えた。それ以来、マシュのバイタルは常にチェックされ、あの爆発によって中の英霊が彼女に力を貸してデミ・サーヴァントが成立してからも、様子は確認していたんだ」

「それが、アメリカでの過酷な戦闘によってバイタルが乱れたと」

「そういうことになる」

「デザイナーベビーもホムンクルスもそうだけど、本来、人の遺伝子は環境と相関しながら極めて複雑に作用していくものだろ。あらゆる病気、癖、性格、コンプレックスに顔立ちまですべて。それが人間の有限の頭で設計された。当然、足りなかった要素や、後天的に獲得されるはずだった免疫もこんな場所では期待できない」

「その通りだ」


相手は医療セクションのトップ、こんなことは知っていて当然である。それをあえて口にした、それをロマニは肯定した。
さすがの唯斗も、怒りが湧いてくる。ロマニが言っていた通り、これはロマニが行ったことではないのだろう。しかし、それとこれとは別だ。別でいいと知ったのだ。


「……あと、何年生きられるんだ、マシュは」

「………長くて1年程度だろう。でも、本来すべての命が有限だ、命あるものには終わりが…」

「黙れ。お前の立場で語るな」


そして、唯斗は低くそれだけ言って、ロマニの額に右手の人差し指を突きつける。バチッと魔力が火花となって散ったが、ロマニは甘んじてそれを受け入れる。結局、怯んだ様子すらなかったが、こう見えて豪胆な男だと知っている。でなければ、あの爆発のあと、残された人をまとめて唯斗たちのレイシフトを完遂できなかった。


「責めることはしねぇ。今更だしな。でも、ひとつだけ。グランドオーダーが起こる前にこれを知ってたら、俺は、人理を救おうとはしなかった。どれだけ人の醜いところを知っても守りたいと思えるものができた今だから、俺はこれ以上何も言わねぇんだ」


腕を下げ、ぐっと拳を握り締めてから、唯斗は詰めていた息を吐き出す。怒りで口調がやや乱れたが、すぐに落ち着かせた。今は、何を言っても無益だ。ただそこに、残酷な事実があるだけなのだから。


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