生まれてきたことに−10


「…今は、マシュの容体も落ち着いてるんだろ。次のレイシフトは問題ないのか」

「あぁ、そこは問題ないと思う。マシュ自身は、自分のことも、君たちがこの事実を知っていることも知らない。だから、できる限り、今まで通りでいて欲しい」

「態度を変える方が俺には難しいことだしな、問題ない」

「いやぁ、本当に良い方向に変わったねぇ、君は」


すると、見ていたダ・ヴィンチが楽し気にそう言った。茶化すようでもあるが、場を和ませる意図もある。もともと唯斗が話したいことがあると言っていたことも、工房に入ったときの会話から察しているはずなので、そういうことが苦手な唯斗のために空気を変えてくれているのだろう。


「魔術師としてはあれだけど、人間としてはまともになってんだろうな。今日話そうと思ってたことも、今までの俺なら思いもしなかっただろうし」

「唯斗君の用件はなんなんだい?僕でいいのかな、というかダ・ヴィンチがいてよかったかい?」


ロマニも応じて、普段通りの声音に戻る。もう、マシュの話は終わりだ。この場の誰もが直接的に責任を負うことではない。何よりも、ロマニもダ・ヴィンチも、マシュのために常に最善を尽くしているのを知っている。それで十分だ。


「…7月末に、マシュと立香の誕生日が続くって聞いて。俺も、なんかした方がいいのかと思ったんだけど、特に思いつかなかったっていうか、そもそも予定通りならレイシフト中だし」

「そうなのか!いや、本当に、まさか君がそんなことを相談してくれるとは…!」


ロマニは何やら感激したように言う。以前、グランドオーダー前は、よく世話になっていたが、そのときの唯斗は一切無駄口を聞かなかった。聞かれたことにしか答えなかったし、その回答だって適当なものだった。

ダ・ヴィンチはうんうんと頷いて感心する。


「君、以前のカルデアでは、せいぜいカドックとの会話くらいしか人間的な部分を見せなかっただろう?まぁ、彼もまた、君との会話くらいでしか表情を緩めたところはついぞ見なかったけれど」

「…俺のことはいいだろ。今はとにかく、マシュたちに何をするべきかってこと」


グランドオーダー以前の3か月間、唯斗がカルデアでまともに話す相手など、Aチームのカドック・ゼムルプスという青年だけだった。彼も今はコフィンで冷凍されている。
あまり思い出したい出来事でもない、唯斗は話を進めようと促すが、ロマニは「簡単なことさ」と微笑む。


「立香君とマシュに一番必要なのは、同年代の友人だよ。同年代の少年少女の交流、それが一番大事なんだ」

「…ただ話せってことか?めちゃくちゃハードル高くないか」

「そこは立香君がなんとかするよ。マシュだって引き出しは多い。初対面でもないんだ、君たちは自分たちの空気感を持っているだろう?」


確かに、キャスターやランスロットに話しかけるときとは違う。立香やマシュとは、長いこと特異点の旅をしてきて、会話自体はたくさんした。その中には他愛ないこともあったが、ただそれも特異点や歴史、魔術に関することだった。当然だ、唯斗には一般的な会話の話題などない。


「でもそれ、立香に負担かけさすよな」

「立香君はそれを負担だとは感じないよ。何より、君とそういう会話をする機会がほかならぬ君から与えられたら、それはとても喜ぶと思うな」


なんだか自分と話せることが誕生日プレゼントだと言っているようでどうなんだろう、と思わないでもなかったが、ロマニも、ロマニの提案に大きく頷いているダ・ヴィンチもそう言うのなら、試してみる価値はあるか、と思った。

思えば唯斗とて立香たちにプレゼントをもらったわけでもない、何か用意してしまう方が気にさせてしまうかもしれない。


「…分かった、それで打診してみる。ありがとう、参考になった」

「こちらこそ、君がいてくれて本当に良かったと心から思ったよ」


奇しくも、マシュの体が長くもつものではないと知った。ちょうどいい機会だっただろう。マシュがこの世界で生きる一秒一秒をなるべく良いものにできるようにするくらいなら、きっと唯斗にでも貢献できる。

唯斗はそう思いながら工房を後にした。


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