生まれてきたことに−11
それからまたしばらくして、7月も後半に入り、いよいよ第六特異点へのレイシフトを目前に控えた頃、唯斗はついに勇気を出して、食堂で立香に声をかけた。
「あのさ、立香」
「ん?どうしたの、唯斗」
唯斗から声をかけるのは用事があるときだけのため、当然、立香は用事があるものと思ってこちらを伺う。昼食時ということもあって喧騒が満ちる食堂では、二人の会話は誰にも気に留められるようなものではない。
「あー…その、今月末って、立香もマシュも誕生日だろ。なんかしようと思ったんだけど、どうすりゃいいのか分からなくて、ロマニに相談したんだ。そしたら、なんか駄弁って来たらどうだって。それで…」
何を言っても唯斗では要領を得ないだろうと、唯斗は馬鹿正直にすべて言ってしまうことにした。
やはりさすがというか、すぐに立香は理解したのか、顔を輝かせる。
「うっそマジで!?やった!あ、でも唯斗は嫌じゃない?」
「別に、嫌とかはない。普段一人でいるのは、今までずっとそうだったからってだけで、特に拘りでやってることじゃないしな」
「そうなんだ、てっきり一人が好きなのかと思って。いや、好きといえば好きなんだろうけど、だからって誰かといるのがイコール嫌だとはならないか」
「…昔はそうだったのかもな、でも今は違う」
「…そっか。うん、それなら良かった、嬉しい」
にっこりと立香は微笑んでから、唯斗をテーブルに促す。流れるように「お茶とってくるね」と言うものだから、唯斗は慌てて立ち上がった。
「いや俺がやるから座ってろ、くそ、油断も隙も無いなお前のそういうところ」
「ぶは、なにそれ」
おかしそうに立香は笑うが、こうも鮮やかに面倒を見られるとは思わなかった。世話焼きというか、とにかく立香はそういう気遣いがうまく、そういうところがサーヴァントたちに好かれる要因なのだと思っている。
唯斗はカウンターまで行くと、エミヤに紅茶のセットを頼む。すると、エミヤが「ケーキはいるかね」と声をかけてきた。
「ケーキ?」
「マスターは、なんらかの形でマスター・藤丸と盾のお嬢さんの誕生日を祝おうとしていたんだろう。ドクターから聞き及んでいる」
「なんでもしゃべるなあいつ…うん、まぁ、そういうこと。すぐ用意できるものなのか?」
「ちょうど材料はあるからね、少し待っていてくれ」
「おお…ありがとう」
茶菓子とともに紅茶のセットをもってテーブルに行くと、ちょうど立香がマシュをテーブルにつかせているところだった。
「あ、唯斗さん!すみません、私の分までお茶を…」
「気にすんな。エミヤが2人にケーキ作ってくれるってさ」
「マジか!やったねマシュ!」
「はい!先輩!」
エミヤの料理のおいしさを知る二人があからさまに嬉しそうにするため、唯斗は苦笑しながら紅茶を淹れる。こうも感情表現をストレートにできることが羨ましい。
カップを二人に差し出すと、二人は礼を言って紅茶を飲む。すると、途端に目を見開いた。
「え、美味しい!唯斗紅茶淹れるのうまいね」
「本当に美味しいです!コツでもあるんでしょうか?」
唯斗は首をかしげて考えるが、思い当たる節はない。
「いや、特に。まぁ一応、フランスで暮らしてたしな。英国よりも紅茶文化の歴史は長いし」
「なるほど…」
「いや〜、フランス語喋れるって格好いいよね、ほんと。俺もフランス語やってみたかった〜」
立香がしみじみと言うため、そんなにいいものだろうか、と自分の紅茶を啜って考える。しかし確かに、何を言ってもそれらしく綺麗に聞こえるのはフランス語の良いところかもしれない。
「まぁ、フランス語なら罵倒も罵倒と気付かれないかもな」
「たとえば?」
「C'est mou du genouとか」
「とても悪口には聞こえませんが…」
「どんな意味?」
ちょうどそこにランスロットが通りかかったため、唯斗はランスロットを呼び止めて同じ言葉を繰り返す。
「ランスロット、」
「?はい、なんでしょう」
「Tu es mou du genou!」
「とぅわ!?な、何かしてしまいましたか!?」
「…とまあ、『この腑抜け野郎!』って言いたいときに使える表現だな」
ゲラゲラと笑う立香と、ランスロットの反応に肩を震わすマシュ。少し可哀そうになって、唯斗はランスロットに軽く謝った。
「悪いなランスロット、フランス語の美しい罵倒を教えてやってたんだ」
「肝が冷えました…」
ランスロットがテーブルを離れたところで、マシュは砂糖を取りに立ち上がる。一瞬だけマシュも離れた隙なのか、立香は身を乗り出して小声になった。
「ね、F○○k youはなんて言うの?」
「Va te faire foutre、直訳するとKiss my assだけどな」
「あっはっは!マジで上品に聞こえる!」
「Nique ta mèreでMother F○○kerな」
「ひぃ〜、やめて、マジで笑える、てかちょっとイイ感じに発音してるでしょ!」
「そりゃお前、フランス語の罵倒語彙の豊富さは『シルクでケツを拭くようなもの』って言うくらいだしな」
「げほっげほっ、」
ウケ過ぎだろうと唯斗も少し笑ってしまう。立香が笑い過ぎて咳き込み始めたところで、マシュが戻ってくる。途端に、スンと元のマスター顔に戻った立香を見て、堪らず唯斗が噴き出した。
「おま…っ、く…ッ!」
「ちょ、唯斗!」
「?どうかされたんですか?」
「大したことじゃないよ!ほら、男子高校生のノリ的な!?それよりケーキ!まだかな!」
「ほら、ご所望のものだ」
そこに、まさにちょうどよいタイミングでエミヤがケーキを持ってきた。ショートケーキが3ピースだ。どうやら唯斗の分も用意してくれたらしい。
「あー!神!エミヤありがとう!いやマジでありがとう!」
話題を変えられることに、立香はあからさまに感謝したため、それがなおさらおかしくなる。なおも笑っていると、マシュは微笑んだ。
「なんだか、普段と違う先輩の姿が見られた気がします。やはり、ほぼ同じ年のお二人だからでしょうか」
「いや、俺は一個下でマシュと同い年ってのはきちんと弁えないとな。そうですよね、藤丸先輩」
「うわ出た!マシュに令呪を以てやめさせるように命じちゃうよ!?いいの!?」
「あ、ちなみに、フランスでは拳を握って甲を見せる形で見せる、その令呪のポーズが、英語圏の中指立てるのと同じ意味だから、さっきの言葉と同じタイミングでするなよ」
さっきの、が差す言葉は、マシュにとっては「腑抜け野郎」だが立香にとっては立香だけに教えた低俗な方を意味する。立香は再び盛大に噴きだして、エミヤは呆れたようにケーキを置いて去っていった。
「ちょ、やめてよ唯斗!」
「そうです、先輩が令呪に命じる度に思い出してしまいます!」
「さっきのランスロットのことをか?」
「ふっ…そうではなくですね…ッ、!」
マシュも不意打ちで先ほどのランスロットの反応を思い出させれば、言葉が笑いを堪えきれずに震える。
こんな笑いながらの会話など、世界が滅びて初めて経験した。まるで、自分とは異なる世界に生きているようにすら感じられた、かつてのクラスメイトたちのようですらあった。彼らがどんなことを話していたのかは知らないが、彼らと同じだろうと異なろうと、今、唯斗たちは笑っている。この一瞬だけですら、きっと唯斗は守ろうと頑張れるようになったのだと思った。