神聖円卓領域キャメロットI−2
重力とともに五感が消える感覚と、急にそれらすべてが戻ってくる感覚も慣れたものだが、レイシフトが完了し、息を吸い込んだ瞬間に大量の砂が入ってきたことで、唯斗はすぐに息を止めた。
あまりに安定しないこの特異点に時差をおいてレイシフトすることはできないため、アメリカのときとは違い同時にレイシフトしたが、薄目を開けてもそこは一面の砂嵐だった。吸い込んだのは普通の砂のようで、唯斗は落ち着いて周りを見渡す。
「マスター!唯斗さん!こちらへ!」
マシュが慌てて叫び、近くの岩陰に誘導される。吹きすさぶ砂の合間に見える立香とダ・ヴィンチとともに、マシュに庇われながら岩陰に隠れた。どうやら大きな竜種なみの動物の骨のようだった。
「それでロマンと連絡は!?カルデアから、この不始末に関する弁明はないのかい?!」
ダ・ヴィンチが叫ぶが、マシュは首を横に振る。通信は安定しないようで、ロマニの声はほとんど聞こえてこない。
案外落ち着いているのは立香で、目に砂が入らないよう手でガードしながらあたりを見渡した。
「仕方ないよ、いつものことだし。とにかく、俺たちだけで状況を確認しよう」
「はい、マスター。レイシフト自体は無事に完了しているようです。しかし、13世紀のエルサレムはこのような気候なのでしょうか…」
「そんなわけないだろ、エルサレムはヨルダン地溝の西側にあるんだ、シリア砂漠やネゲブ砂漠とは分かたれてる」
現在のイスラエルとヨルダンとの国境になっているヨルダン川と、ヨルダン川によって形成される死海・ガリラヤ湖は、ヨルダン地溝という地球で最も標高の低い地域である深い溝に位置する。これによって、ヨルダン王国領を占めるシリア砂漠や、イスラエル南部のネゲブ砂漠からエルサレムは地理的に分離しており、地中海沿岸やガリラヤ地方ほどではないにしても、とても砂漠といえるような場所ではないのだ。
すると、マシュが突然盾を構えて警戒態勢になる。接敵だ。
「砂嵐に紛れて敵影、接近中です」
「初陣にしては最悪なシチュエーションだけど、私の実力を見せてやろうじゃないか」
こんなときでも調子を崩さないダ・ヴィンチも立ち上がり、砂漠と化した大地をこちらに接近してくる敵に向かって立ちふさがる。まだターミナルポイントを設置していないため、カルデアからサーヴァントは呼び出せない。
「来たぞ、なんだあれ…」
唯斗も立香を守れるよう半歩前に出て、風と砂を受けながら敵を見据える。その姿は、巨大な目がドロドロとした触手のようなものを纏ったものだった。確か、ゲイザーと呼ばれる怪物だ。その後ろからは、目のない四足獣ソウルイーターもやってきている。
いきなりかなりの強敵だ。
「ダ・ヴィンチちゃんへの指示は俺がやるから、唯斗はフォローお願い」
「了解」
立香も冷静に敵を見つめると、マシュとダ・ヴィンチに次々と指示を出していく。マシュが盾でゲイザーを砂に叩きつけ、ダ・ヴィンチは爆発する光の玉を連続して放って爆発させていく。
ゲイザーから放たれる光線を唯斗が結界で弾き、怪物たちを倒していくと、ソウルイーターの後ろから突然人型のものが飛び出してきた。剣と盾を構えた騎士のような敵だ。
「なんだあれ…」
ゴーレムか何かだろうか。騎士のような敵は固く、マシュの盾やダ・ヴィンチの爆発を食らってもなかなか倒れず、苦戦した。
なんとか倒すと、マシュはこちらを振り返る。
「マスター、最後の敵の姿は分かりましたか?」
「え、うん、騎士みたいな…」
「ほう、こっちはだめだ。接近していると砂嵐のせいでシルエットくらいしかわからない」
どうやらマシュとダ・ヴィンチは騎士の姿がよく見えていなかったようだ。
いったいあの騎士は何者なのか、唯斗が眉をひそめていると、突然、砂嵐を吹き飛ばすような風圧で羽ばたく巨大な影が姿を現した。
黄金のマスクをした四本足の怪物で、背中に羽が生えている。神性すら感じる神々しさは怪物を呼ぶのが憚られるほどだ。
「スフィンクス…!?」
オジマンディアスとの戦闘で現れた、古代エジプトの神獣だ。魔術の世界では、魔獣とも呼ぶ最高位の生物種である。
激しい戦闘の末に、マシュたちによって追い払うことこそできたが、当然、倒すには至らない。
飛び去っていくスフィンクスにすれば、こんなものは準備運動にもならないだろう。
「スフィンクスの相手は私たちでは手に余る。西に水源があるようだから、まずはそちらへ向かおう」
「水源…早く水飲みたい…」
立香は努めていつも通りに軽く言ったが、声音は少し硬かった。この特異点での最初の戦闘がこれだ、とても良好とは言えない状況である。
スフィンクスが戻ってこないうちに、一同は西へと移動することになる。いまだカルデアとは連絡が取れていないが、今は逃げるしかない。
それにしても、なぜ13世紀の中東にスフィンクスがいるのか。思い出されるのは15世紀のフランス。分かってはいたが、想像以上の過酷な旅になりそうだった。