神聖円卓領域キャメロットI−4
気になることばかりで、断片的な情報が多く思考もままならないが、言うだけ言ってスフィンクスの気配を察知して逃げだした百貌のハサンたちを追いかけることはせず、とにかくダ・ヴィンチは捕らえられていた女性を解放して起こしにかかる。
どうにかこのどう見てもエジプト王族らしき女性から話が聞ければよかったが、女性は起きてこちらを見上げるなり声を張り上げた。
「おのれ無礼者たち!何者です!私をファラオ・ニトクリスと知っての狼藉ですか!」
ニトクリス、エジプト第6王朝の最後の王にしてエジプト古王国の最後の王とされる女王である。実在性は疑問視されており、一説にはギザの三大ピラミッドのうち、一番小さな第三ピラミッドを建築したとも言われるが、情勢を考えればそのような目立った功績は上げていないと思われる。
とはいえサーヴァントとは地球上の情報体を具象化したもの、ニトクリスは後世に多くの逸話や伝説が残された知名度の高さがある。強さは本物だろう。
どうやらこちらを誘拐犯だと思い込んでいるらしく、そのまま戦闘になってしまった。
ニトクリス本人をダ・ヴィンチたちに任せつつ、唯斗は立香を庇いながら小物の怪物たちを倒していく。小物といっても強度はこれまでの特異点に現れた怪物たちとは質が異なり、なかなか倒れない。
ガンド以外の攻撃魔術や、左手の召喚術式による転移魔術もフル動員して戦うが、今度はスフィンクスまでニトクリスは出してきた。
「この状況でスフィンクスの相手は…!」
マシュが盾を砂に突き立てて、迫りくるスフィンクスを苦々しく見上げる。
しかしそこに、穏やかで凛とした、しかし低めの男性の声がかけられた。
「いえ、どうか顔を上げて。あなたの盾はいかなる神獣であってもくじけない。何よりあなたたちの正義は間違っていない」
現れたのは、美しいプラチナの髪を砂嵐になびかせて、肩掛けを翻す騎士。背が高く、その右腕は金属でできているように見える。義手だろうか。
「何者ですか!」
ニトクリスの問いに対して、男は静かに答える。
「まだ名乗るほどの因果はありません。ですので、どうぞ敵としてお考えなさい。藤丸、雨宮という名の方々はあなたたちですね?私はルキウス。主のいないサーヴァントです。お節介でしょうが、我が剣、存分にお使いいただければ」
ルキウスと名乗った男はやはりサーヴァントだったが、思い当たる英霊は唯斗の記憶にはなかった。ルキウスはラテン語名であり、主にローマ皇帝などによく見られたものだ。しかし、古代ローマ帝国からビザンツ帝国にかけて、セイバーとして現界するような目立った人物はあまり多くはない。いや、古代帝国時代にはそれなりにいたが、彼らとはまったく服装が違う。これは中世前半の騎士のものだ。
「唯斗、誰か知ってる?」
「…いや、分からない。ローマ帝国関連じゃなきゃ、英語名だとルシウスに発音が変わるしな。いずれにせよ、味方になってくれるんならありがたい」
誰かは分からなかったものの、ルキウスは非常に強く、サーヴァント3人によってスフィンクスを完全に撃破することに成功した。
その戦闘の中で、ルキウスは剣だけでなく、銀の義手を輝かせて魔力を纏いながら切りつける攻撃も行っていた。そこで、中世の騎士に隻腕で知られる有名な人物がいたことを思い出す。どうにもマシュの盾を知っているような口ぶりだったことからも、恐らく確かだろう。
「あの右腕の輝きは…!間違いない、アガートラムだ!」
「ヌアザの銀の右腕か?」
「その通りだとも」
「……そうか」
ダ・ヴィンチが驚くのも無理はない。アガートラムはケルト神話でも最高神レベルの神ヌアザがもつ秘宝とされる、銀でできた義手のことだ。形状は伝承によって様々である。
しかし、今度はそれをなぜ、という疑問に唯斗の中で変わる。ルキウスというのが仮の名前であるとするならば、ではなぜアガートラムを義手とするのかが分からなかった。
ただ、いたずらにすべてを明かそうとすればこじれそうな場面でもあった。立香は、ルキウスに諭されてようやく理解したニトクリスに畳みかけてもてなしを要求しており、これ以上は何も言うべきではないと口をつぐむ。水を飲みたいのも確かだった。
やがてニトクリスは勘違いで戦闘を行った手前、こちらの要求に応じ、神殿へと招くことを決めてくれたようだ。
「風よ、しばしその任を解きなさい!ニトクリスの名において、天空の見晴らしをここに!」
そう高らかに述べたとたん、砂嵐は止み、急速に青空が広がった。一面の砂丘、そして突き抜けるような青空。数メートル先すら見えなかったところから地平線まで見えるようになり、思わず感嘆する。
そこから神殿まで歩いて向かうことになるが、ルキウスは「偶然が巡り合わせただけですので」と言ってそそくさと離れて行ってしまった。同行するつもりはないようだ。
ダ・ヴィンチはどうやら唯斗と同じくその正体に気づいているようで、またその言動から唯斗もあの人物について確証を得る。
あれは、円卓の騎士ベディヴィエールだ。隻腕で知られ、アーサー王伝説の主要人物である。伝説に出てくる架空のローマ皇帝ルキウスと戦って戦死したとも、カムランの戦いで生き残ってアーサー王を看取ったとも言われている。ダ・ヴィンチはこうした伝説からルキウスと名乗ることを「諧謔的」と述べ、レプリカだろうとしつつもアガートラムを有していることを不思議がっていた。
ルキウス、改めベディヴィエールと分かれた一同は、ニトクリスとともに敵を倒しながら広大な砂漠を歩く。道中、サーヴァントであるにも関わらずマスターという存在を知らなかったことに対してマシュが疑問を投げかけると、ニトクリスは意外な答えを口にした。
「私は偉大なるファラオ…太陽王オジマンディアス様に呼ばれたファラオです。英霊である前にこの土地を統べるファラオなのですから、サーヴァントとしての振る舞いなどは知りません」