神聖円卓領域キャメロットI−8


途中で運転を変わったのか、マシュが運転席に着くと、ダ・ヴィンチは「あとはお若い二人で」と謎の捨て台詞を残して前に移動し、立香が唯斗の隣に座ることになった。

前の運転席でダ・ヴィンチがギミックをマシュに披露して盛り上がりながら運転しているのを見つつ、立香と二人で後部座席に並ぶ。


「唯斗、調子どう?大丈夫?」

「?問題ないけど…どうかしたか」

「いやほら、アーサーがいないからさ。寂しくないかなって」

「お前な…」


からかうつもりではなかったようだが、それが余計に腹立つ。しかし善意で聞いているため怒るわけにもいかず、唯斗はため息をついた。


「そりゃ、こんだけ分からないことだらけともなれば戦力不足が気になるけど。寂しいとか、そういう個人的感情じゃない」

「ふーん、そっか。あ、そういえば分からないことといえばなんだけどさ」


立香は食い下がることこそなかったが、なんだか含みのある言い方をする。しかしすぐに話題を変えたため、唯斗も流すことにした。


「百貌のハサンっていたけど、ハサンってなに?人の名前?あと、中東ってイスラム教だよね、やっぱ宗教戦争みたいな感じなのかな」

「あぁ…そういや、まだこういう地域には縁がなかったな」


立香が聞いてきたことはかなり重要な質問だ。この特異点探索において、必ず理解するべきことだろう。今までは、フランスやロンドンのようなキリスト教国、あるいはローマや海上のような宗教性のない地域、そして近代合理主義のアメリカなど、分かりやすい場所だった。今回は少し込み入っている。


「イスラム教ってのはちょっと違う。正しくはイスラームという。宗教ではあるけど、どちらかといえば生活様式や基本的価値観、あるいは法体系そのものでもあるから、ほかの宗教とは少し違うんだ」


イスラームとは砂漠の宗教であり、都市という狭い空間に異民族や異教徒が暮らすコミュニティに発生したものであるため、そうした異民族や異教徒との平和的付き合い方を体系化して宗教の形となったものなのだ。


「そんで、イスラームの神と、ユダヤ教の神、そしてキリスト教の神はすべて同じ。唯一神で絶対神だ」

「え、同じ神様なんだ」

「そういうこと」


現存する世界最古の宗教は、ペルシアに伝わるゾロアスター教だ。アーラシュはゾロアスター教時代のペルシアの英霊である。このゾロアスター教は極めて重要な価値観、すなわち、「善悪二元論」と「終末思想」を生み出した。
ゾロアスター教においては善なる神アフラ・マズダと、悪なる神アンリ・マユが常に戦っており、アフラ・マズダが勝利したときに世界は終焉を迎え、善なる魂が永遠の楽土に導かれるとされる。アフラ・マズダはインドを通して仏教に入り、阿修羅の語源となっている。

一方、ギルガメッシュが統治したシュメール人による古代メソポタミア文明においては、七日間を一つの単位とする七曜制が生み出され、それとゾロアスター教の価値観とが合わさった結果、「神が6日間かけて世界を創成し7日目に休んだ」という旧約聖書冒頭の創世記や「審判の日」「天国と地獄」という概念などが生み出される。


「ユダヤ教の経典として編纂された旧約聖書は、もともとこの中東に存在した秩序を明文化したものでもあった。聖書に先行する考え方が、アーラシュやギルガメッシュの時代から中東に存在してたってわけだ」

「英雄王ってすごかったんだね…」


当然だろうと思うが、あの気難しいアーチャーは置いておいて、今は立香にこの先を話すことの方が重要だ。


「ユダヤ人は今のイスラエル地域に暮らしてた古代からの民族だ。でもあるとき、エジプトがヒクソス人によって征服されると、ユダヤ人を拒否していたエジプトにユダヤ人が暮らすようになる」


ピラミッドなどを建てたエジプト古王国は、ニトクリスを最後に滅亡する。その後第一中間期という期間を経て中王国時代に入り、その末期に侵入してきたヒクソス人によって征服され、スーダンあたりまで追いやられてしまう。このとき、ユダヤ人もエジプトで暮らし始めた。
その後、ヒクソス人政権を倒して第二中間期が終わると、エジプト新王国が始まり、オジマンディアスの時代になる。


「オジマンディアスはヒクソス時代に入ってきたユダヤ人を迫害した。でも、オジマンディアスの友人にはユダヤ人とは知られていなかったモーセという人物がいた。ひょんなことからエジプト王室で育てられていたモーセは、あるとき迫害されるユダヤ人を連れてイスラエルに逃げるよう神から啓示を受けて、そうして海を割ってユダヤ人を引き連れエジプトを脱出する。出エジプト記という聖書の一幕だな。そうして逃げた先のシナイ半島で十戒を神に授かり、それを石板に記して箱に入れた。それがダビデの宝具、契約の箱(アーク)だ」

「そのあたりは第三特異点で唯斗に教えてもらったやつだ。イスラエルに逃げたユダヤ人たちは、共同体から国家にグレードアップしようとして、ダビデを王にした。ダビデ王、ソロモン王とイスラエル王国は栄えるけど、滅ぼされて契約の箱も紛失するんだよね」

「そうだな。そこから20世紀までユダヤ人は独立国を持つことはなかったとされる」


モーセとともにイスラエルに逃れたユダヤ人は、やがてイスラエル王国を建国する。ダビデ、ソロモンと続くが、その後内紛によって北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂する。
北のイスラエル王国は、セミラミスなどを輩出したアッシリア帝国によって滅ぼされる。アッシリアが滅びてメディア、リディア、新バビロニア、エジプトの4王国時代という時代になると、新バビロニアによってユダ王国も滅ぼされ、エルサレムは破壊されてユダヤ人がバビロンに連れ去られるという「バビロン捕囚」が起こる。

紀元前586年にユダ王国が滅亡してから、次にユダヤ人がこの地に国家を立てられるのは、なんと1948年の現在のイスラエル国建国を待つことになる。


「4王国時代は、メディア王国から発生したアケメネス朝ペルシア帝国によって終わり、4つの王国すべてがアケメネス朝の支配下に入る。この巨大なアケメネス朝と戦ったのが、スパルタ王レオニダスだ。そしてアケメネス朝最後の王だったダレイオス3世と戦いペルシアを滅ぼしたのが、マケドニア王アレクサンドロス3世。3人とも第二特異点にいたな」

「アレキサンダーは子供時代みたいだったけど、大王っていうだけあったよ」

「会ってみたかったもんだ。でもアレクサンドロスの死後、その部下によって帝国は分割され、全部がすぐに滅びる。唯一残ったのがプトレマイオス朝エジプト、古代エジプトの最後の王朝で、この最後の女王がクレオパトラだ。そんでエジプト含め、地中海はすべてローマ帝国に吸収されるわけだな」

「そのあたり曖昧だったから、やっと繋がった感じする!てか、ネロってめちゃくちゃすごい人だった…?」

「誰も彼もそうだけどな」


アレキサンダー大王、またの名をイスカンダルがマケドニアからパキスタンに至るまでを支配したものの、その統治は長く続かず、部下たちによって継承された各地域の国家はすぐに崩壊していった。そしてプトレマイオス朝エジプトを最後に、ローマ帝国によって地中海沿岸部はすべて統一され、イスラエル地域もユダヤ属州となる。


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