神聖円卓領域キャメロットI−9
「ローマ帝国の属州となったイスラエルでは、過酷な支配とユダヤ教会の腐敗の中でイエスが生まれ、全知全能の神ならば全人類を救えると考えた。今まで散々な目にあってきたユダヤ人は、ユダヤ人だけが救われるっていう選民思想に縋っていたから、当然、イエスの存在を許さなかったし、ローマ帝国側も勢力拡大を恐れてイエスを疎ましく思った。そうして、エルサレムでイエスは処刑され、復活する。こうして帝国全土にキリスト教が広がっていく」
「ネロは、そんなキリスト教徒を迫害して虐殺したこともあったんだよね」
「治世末期にはな。でも勢いを止めることはできなくて、結局帝国が乱れると、皇帝もキリスト教を公認して内憂をなくそうとした。そうして、ローマ帝国全域にキリスト教が行き渡った。そのあと、395年にローマ帝国が分裂すると、キリスト教も東西に分かれて、カトリックと東方正教会になる」
第一特異点で出会った聖ゲオルギウスも、このローマ帝国末期に迫害と戦って殉教した人物だ。
帝国分裂と教会の分裂が起きた直後、中国北方からフン人が移動してきて、アルテラ率いる軍勢から逃れてゲルマン人が西欧に大移動を開始する。その中の一派がアングロサクソンであり、ブリテン島に渡ってこれを支配する。
このとき、アングロサクソン人と土着のローマ化したケルト人との戦いにおいて、ケルト人を率いた人物がアーサー王伝説の源流である。伝説ではアーサー王や円卓の騎士によってアングロサクソンは撃退されるが、実際にはブリテン島はアングロサクソンのものとなる。
ゲルマン移動によって西ローマ帝国は早々に滅亡し、一方でキリスト教の東西の正教会はそれぞれが破門しあうような犬猿の仲となる。
「帝国分裂から200年あまりが過ぎたころ、ササン朝ペルシア帝国と東ローマ帝国が衝突してシルクロードが封鎖されたことで、インド洋から紅海を抜けて欧州とアジアを繋ぐ交易路が重要性を増して、その中継地だったメッカの商人が急速に儲けていく。その中の一人がムハンマドだ。ムハンマドは交易で知った東西様々な宗教を模範にして、ユダヤ教、キリスト教に次ぐ第三の宗教を創立する。それがイスラーム」
「なんで同じ神様信仰してるのに仲悪いの?」
「後から出てきた宗派を認めないからな。ユダヤはキリストとイスラームを、キリストはイスラームを認めない。イスラームはユダヤもキリストも啓典の民と言って尊重する立場をとる」
イスラーム勢力によってササン朝は滅ぼされゾロアスター教の時代は終焉を迎える。やがてイスラーム勢力はアッバース帝国という巨大な国家にまでなるが、それも崩壊し、群雄割拠する時代となる。
その中の一つとして11世紀に大きな国家となったのがセルジューク朝だ。
「ムハンマド以降、イスラームは共同体の政治的指導者を指名で選ぶようになる。これをカリフと言う。でも、アリーという人物が暗殺されてしまったことで、共同体指導者は誰でもいいという多数派のスンニ派と、指名を重んじてアリーの子孫がリーダーになるべきだというシーア派に分かれる。シーア派ではカリフではなくイマームと呼ぶようになっていく」
「政治的指導者ってことは、宗教の違いじゃないってこと?」
「そう、スンニ派とシーア派で教義に違いはない。まぁ、あるにはあるんだけど、根幹は同じだな」
イスラーム勢力は当初、アラブ人が異民族・異教徒を征服する形だったが、すぐにがたが来て、やがてスンニ派とシーア派に分かれる暗殺事件をきっかけにウマイヤ朝が成立する。しかしウマイヤ朝の統治下では異民族やシーア派が反乱を起こすようになり、アッバース朝がウマイヤ朝に取って代わって中東世界を統治した。この統治下では異民族も異教徒も平等だった。
ウマイヤ朝は後ウマイヤ朝となって遥々スペインまで逃げて、そこに国を建てる。後ウマイヤ朝と戦ったのがシャルルマーニュ率いるアストルフォなどの十二勇士だ。
「スンニ派とシーア派どちらも平等に扱ったアッバース朝のもと、イスラーム世界は隆盛を極め、化学反応や二次方程式といった科学が大きく前進する。でも広大な国家を維持できなくなって、エジプトにシーア派の独立国家ファーティマ朝ができたのをきっかけにだんだん縮小していく。11世紀にはセルジューク朝によってアッバース王家は守られるけど、13世紀のモンゴルの侵攻でセルジューク朝ともども滅亡する。このセルジューク朝が11世紀末にイスラエルからトルコにかけての地域を占領したことで、第一回十字軍が組織された」
「そうやってここに繋がるのかぁ。セルジューク朝の将軍サラディンが、第三回十字軍で獅子王リチャード1世とかとも戦うんだっけ」
「そう。サラディンはやがてファーティマ朝を乗っ取ってアイユーブ朝を建国する。アイユーブ朝エジプトは第四回から第七回までの十字軍と戦ったあと、マムルーク朝に取って代われる。そして第八回十字軍の延長として、第九回十字軍がやってきて、マムルーク朝に占領されつつあったこの地域の十字軍国家を助けようとするんだけど、それはできず、最終的には13世紀末にアッコ陥落でこの地からキリスト教勢力は駆逐される。以降、1948年にイスラエルが建国されるまで、エルサレムはイスラームのものとなるけど、さっき言った通り啓典の民として尊重するから、普通にキリスト教徒もエルサレムを巡礼できたんだ」
「めっちゃ理解した…それで、ハサンっていう人は?」
特に図を示しているわけでもないのに理解している立香もなかなかだと思いつつ、唯斗は百貌のハサンを思い浮かべる。複数人存在しているというのも、ある程度は想像がついていた。
「スンニ派とシーア派が分かれたのは、指名を重視するシーア派と、大勢に任せるスンニ派とで政治的指導者に対する考え方が違ったからだったな。シーア派はその後、政治的指導者であるイマームを決めるときに、誰を正当とするかでどんどん細分化されてくんだ。このとき、第7代イスマーイールをきっかけに分裂したのが、十二イマーム派とイスマーイール派で、十二イマーム派は現在のイランやアゼルバイジャンの多数派だ。そしてこのイスマーイール派からさらに過激な勢力が分派する。それがニザール派で、ニザール派を組織したのがハサン・サッバーハ。セルジューク朝や十字軍の要人を暗殺してイランを事実上支配した宗派でもある」
「まさにアサシンって感じだね。ひょっとして、第九回十字軍でエドワード1世を暗殺しようとした山の翁って人?」
「そういうこと。ただ、エドワード1世の暗殺は作り話だとされてる。第一、そのころにはハサンは亡くなってるからな。もともと、このハサン率いるニザール派とその暗殺という手法、そして当時オカルト的に欧州で噂されてた山の翁が管理する山の楽園伝説が合わさって、いわゆる暗殺教団っていう伝説が欧州に生まれたんだ。百貌のハサンが、複数人いるハサンの一人って言い方をしたのは、たぶん、『ハサン』という名前を襲名してるんじゃないか。イマーム、カリフ、スルタンみたいな称号みたいにして」
「じゃあ、歴代のハサンがサーヴァントとして召喚されてる、みたいな?」
「あり得るとすればそういう考え方だろうな」
「へえ〜」
宗教も民族もまだら模様となっているこの中東において、戦争というものも国家の交代というものも日常茶飯事で、古代から現代までずっとそうだった。
しかしこの特異点は違う。異なる時代の勢力がやってきて、破壊されることなく現代まで続くはずだったエルサレムを破壊し、歴史が狂っている。
その時代の趨勢は、その時代の人々のものだ。過去の人間が出しゃばるべきではないのである。