神聖円卓領域キャメロットI−11
そうしてバギーを走らせながら、ロマニと情報共有の時間となる。
あたり一面が砂漠の大地にレイシフトしたこと、オジマンディアスによる古代エジプトが丸ごと召喚されていること、ニトクリスもいること、ルキウスと名乗る謎のセイバーや百貌のハサンというアサシンらしきサーヴァントの存在。
さらに、砂漠を抜けると死が満ちる枯れ果てた大地が広がっており、そこで十字軍が獅子王なる人物によって全滅させられたことも分かった。
しかしそこで、前方に強力なサーヴァント反応が感知された。今のところ、味方となるサーヴァントはベディヴィエールくらいしか見つかっていないため、敵の可能性も高く、いったんバギーから降りて歩いて近づいた。
あくまで偵察だったが、ダ・ヴィンチがすぐに手を伸ばして全員の歩きを止める。その美しい横顔には、今までにないほどの警戒感が滲んでいた。
「悲しい。私は悲しい、山の翁よ」
そして、聞こえてきた声と暗闇に輝く赤い髪に、立香が息を飲む。
あれはトリスタンだ。そしてトリスタンが相対するのは、百貌のハサンではない別の山の翁だった。さらにその後ろには、多くの人々がいる。おそらく一般人だ。
どうやら滅ぼされた聖地にいた者たちだったようで、あのハサンは難民となった彼らを守っているように見えた。一方のトリスタンは、逆に彼らを追い詰めている。
「……マシュ、ダ・ヴィンチ。あのトリスタンは、オルタ化しているように見えるか」
「いえ…わかりません、でも、体が震えて…」
「あれは…ギフトだ」
ガタガタと震えて恐怖の色を浮かべるマシュと、目を見開くダ・ヴィンチ。
ダ・ヴィンチの言っていることはよく分からなかったが、いずれにせよ、あれはアーチャーのトリスタン、すなわちカルデアで立香のサーヴァントであるトリスタンと同じ霊基ということだ。
ダ・ヴィンチに詳しく聞こうとしたが、その前に、ハサンは自らの命と引き換えに難民を逃がすよう言って、自ら命を絶った。
しかしトリスタンは、動かないという約束の一部だけを守って、予備動作なしで発動できる宝具フェイルノートで次々と人々を切り刻んでいった。首をはねられ、数十人いた難民は全員、あっという間にこと切れた。
こういうとき、意外にも立香はじっとしている。自分の至らない部分を、誰よりも知る立香は、無理をして他人を危険にさらす真似は絶対にしない。その引き際を分かっているものの、しかし、目の前で殺された人々に、唇を血がにじむほど噛み締めていた。
やがて全員を殺したトリスタンが去り、様子を確認しに戻ると、シャドウサーヴァント化したハサンをせめて楽にすべく、戦闘となる。
そのハサンは消える間際に、最後の願いとして難民たちの埋葬を望んで消えていった。
「…戦闘、終了です。その、先輩…」
言い淀むマシュに対して、立香はそれを手で制する。そして、首と胴体が分かれた状態で割れた地面に倒れる女性の近くに膝をついた。
「……唯斗」
「…どうした」
「…この国の、弔い方を教えて」
言葉の最後だけが震えていたが、いつもの凛とした声で言った。こちらを見上げる瞳は揺らいでおり、唯斗はその隣に同じように膝をつく。
「聖地からの難民なら、宗派がバラバラなはず。手回り品から宗派を特定できれば、大体は分かる。十字架を持ってなければムスリム、持っていたら俺が一人一人確認するから、まずはその判別をしてくれ。その間に穴を用意する。ダ・ヴィンチ、せめて彼らの布を白くできるか」
「私は芸術家系のキャスターだからね。染色魔術くらいならお手の物さ」
「先輩、お手伝いします」
「…ありがとう」
ユダヤ教、キリスト教、イスラームはいずれも死者には白い布を用いる。礼拝の作法や体を清める作業などがあるが、それは聖職者や身内がやるものであるため、唯斗たちがするべきではないし、そこまでできない。
だからせめて、彼らの纏うボロボロの布を白くすることだけダ・ヴィンチに頼むと、唯斗は「ヴィアン」と唱えながら左手に魔力を込めて、割れた地面に次々と穴を開けていく。
そして、ムスリムの数だけ、長方形の穴の向きを南南東にした。ムスリムはメッカの方向を頭にするように埋葬するためだ。
「唯斗、判別終わったよ」
「分かった。じゃあ、あとは俺が動かすから待っててくれ」
「え…」
唯斗は再び左手に魔力を込める。
生きた人間ではないため、端的に言えばモノとして扱える。魂という超魔術エネルギー体が存在しないのであれば、転移させることができた。
ただし、唯斗の召喚魔術は生きた人間を転移させることはできない。そのため、自分の瞬間移動もできないのだ。
とにもかくにも、魔術による転移とは、物質的な質量ではなく、魂や魔力などのエネルギー量に左右されるということである。
頭が首から切断された体を、一人ずつ、「ヴァズィ」と詠唱しながら穴の中に転移させていく。
首が転がらないよう、意図的に体と頭が分離したところに意識を向けなければならない。切断面の肉感の生々しさは、遺体を10人ほど運んだ頃には気にならなくなっていた。
「…ごめん唯斗、俺の我儘なのに、一番つらいことさせてる。本当にごめん」
「あの、私も素手ではありますが、グローブもしているので、お手伝いします…!」
「いい。やりたくないことやってるなんて、思ってない。立香のためでもあるけど、一番はこの人たちのためだから。本当は、彼らにとって大事な誰かに、最後は触れられたかったはずだ。異教徒であり異民族である俺たちが、なるべく触れないようにしてやろう」
先ほどよりもむしろ声を震わせているあたり、本当に立香は優しい人物だと思う。マシュも同様で、きっと手伝わせた方が気を楽にしてやれるのだろうとも思ったが、せめて死者がこれ以上、知らない人物に触れられないようにしてやりたかった。
全員の埋葬を終えると、ダ・ヴィンチに肩を叩かれる。
「後部座席に冷えたフルーツジュースを用意しておいたから、それを飲んで君は休んでくれたまえ。サーヴァントではないけれど、ずっと戦闘に出ているだろう」
「……わかった。そうする」
「立香君は引き続き唯斗君の隣で護衛ね」
「!分かった!」
「護衛って…」
護衛も何もないだろうと思ったが、再び後部座席に戻って立香と並んで座り、ダ・ヴィンチが用意してくれたジュースを飲んで一息つくと、おもむろに立香は唯斗を自分に凭れさせた。
「う、わ、立香…?」
「護衛だからね」
「……そうか」
正直よく分からなかったが、立香の肩に凭れてバギーのわずかな揺れを感じていると、睡魔が首をもたげてくる。
目を閉じれば、並んだ遺体の切断面が脳裏に浮かぼうとしてきたが、それは立香の温もりによって妨げられて、睡魔による意識の低下が優先されていく。
そして、立香の手が優しく唯斗の頭を撫で始めたころになってようやく唯斗は、心を守るという意味での護衛だったのだと、その手つきに安心して瞼が自然と落ちる中で理解したのだった。